どんなに元気\で、てきぱきした親でも、次第に判断力が低下し、ひとりでできないことが増え、病気がちになってきます。
その進行形を目の当たりにしたとき、心穏やかに過ごすためにはどうしたらいいのでしょうか。
親は老いていきます。
ふだんのくらしでは、気づかなくても確実に老いていきます。
それを頭で理解することと、実際に目の当たりにすることは別問題です。
いくつになろうとも、痛々しい現実から目を背けたくなり、心穏やかではいられないものです。
一定の年齢になった子どもは、親が老いて弱くなったことにある日突然気付き、がく然とします。
親がそれまで元気だったらなおさらです。
臨床心理士のブノワ・ヴェルドン氏は著書『Le vieillissement psychique(原題訳:精神的老化)』(Que sais-je刊)のなかで言っています。
『親の老いという現実を突きつけられた子どもの反応はさまざまだ。それまでの親子関係に左右されると言っていい。「親との楽しい思い出がある人もいれば、喧嘩した記憶しかない人もいます。親から将来の助言や励ましを受けた人もいれば、もう親に煩わされずに生きたいと思っている人もいるでしょう。こうした相反する感情が老親への態度に影響します』と。
親の老いによって子どもにはどんな感情が生じるのでしょうか。
親の変化をどのように受け入れて関係を築いていくべきなのでしょうか。
親が病気になり、子どもが親の面倒を見なくてはならない状況になった場合、親に対する肯定的、あるいは否定的感情が増幅される可能性があります。
認知症などの認知機能障害を伴う場合はなおさらです。
親の記憶と判断力が変容し、周囲との関係、子どもとの関係が変わっていくと、子どもはなすすべもなく、親の人格が変化していくのを見守るしかありません。
子どもは非常にもどかしい心境に陥ります。
親の健康状態への懸念を感じた瞬間から、あるいは親が老いて弱くなったことに気付いた瞬間から、不安感を抱く人がいます。
その人たちは、親がいなくなったらどうしようという子どもの頃の恐れや不安をずっと引きずります。
親はいつまでも元気でいるという錯覚が、その感情をこれまで覆い隠しているからです。自分の父や母を特別視することで、そのことを考えないようにしてきたのです。
不安な気持ちに対処するには、いまの自分が親に何を求めているのかをあらためて考えてみましょう。
自分にとって親はどんな存在なのか、老いた親の姿に自分はなぜ失望し、受け入れられないのか。
両親を理想化して全能の存在と思う気持ちは、少しずつ手放しましょう。
さもないと失望ばかりが重なっていくことになります。
親以外に心の拠りどころを見つけることができれば、不安な気持ちも薄れるでしょう。
同調効果も無視できません。
親は子どもにとって人生の先輩であり、この先何が起きるかを教えてくれる存在です。
子どもが老いることに不安を感じるのは、それがあまり楽しくなさそうだと感じるからです。
老いた親を目の当たりにして、自分もこうなるのかと改めて思ってしまうのです。
父母がまだ元気でしっかりしており、家族や周囲との付き合いがうまくいっていたとしても、身体はだんだん衰えていきます。
周囲の同世代の友人や兄弟姉妹が順番に亡くなっていきます。
いつかは自分の親の番が来て、父や母の葬儀をしなくてはならない日が来ることを実感せざるを得なくなります。
そしてそれは明日かもしれないと思うと怖くなるのです。
親が亡くなれば、次はもう待ったなしで自分たちの番が来ることを考える思考パターンに陥りがちです。
自分の死について心の準備ができない人もいます。
死はなるべく考えたくないものです。
もしも不安にさいなまれて、あまりにも苦しい時はセラピストに相談するのもよい考えです。
悩みが大きくなりすぎたら、メンタルヘルスの専門家のサポートが必要だと思ってください。
まとめ
親は、年と共になんらかの制約があっても大人として行動し、暮らしていける存在です。
そのためにも自分の親が自律した存在でいてほしいのなら年寄り扱いをしないほうがよいのです。
親が弱い存在だと子どもが考えはじめたら、その思考が伝染して親も実際よりも弱い存在だと思うようになっていきます。
親の老いを目の当たりにするとつい、思考が死に向かいがちになりますが、発想を転換して親も子も、人生のこの時期をいかによく生きられるかと考えることを最優先に考えることです。
運動、健康的な暮らし、社会との繋がりを持つことは、より良く年を重ね、長生きするのに役立ちます。