残念ながら、そのすべてに親が手助けしてあげることはできません。
「自分で決められる子」になることが、子どもにとっても親にとっても最善の道なのですが、では、子どもの自主性を伸ばすにはどうすればいいのでしょうか。
今回は、医学博士の柳澤綾子氏の著書『自分で決められる子になる育て方ベスト』(サンマーク出版)より、子どものやる気についてご紹介します。
5歳のAちゃんは一人で黙々と泥団子を作ることが大好きでいつも夢中で作っていました。
ある時、幼稚園でたまたま泥団子作りが流行ったことで、先生が園児たちにコンペティションを開いてくれました。
Aちゃんはそのコンペティションで優勝の金メダルをもらいました。
優勝した日はとてもうれしそうでしたが、何日かしたらなぜかパタッと泥団子を作らなくなって、誰とも遊ばずにぼーっとしているようになってしまいました。
お母さんや先生方もなんて声をかけたらいいのかわからず戸惑うばかりです。
このように子どものやる気が突然なくなってしまったという状況は心配ですよね。
Aちゃんの泥団子への情熱が、一気に冷めてしまったこのケース。
いったい何が起こっていたのでしょうか。
それは「外発的動機づけによって、内発的動機づけが潰されてしまった」のです。
やる気には「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」の2種類があります(※1)。
※1 Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2017). Self-determination theory: Basic psychological needs in motivation, development, and wellness. The Guilford Press.
・内発的動機づけ
「とにかく好き」「やりたい!」と思う強い動機づけです。
自分が好きで、やりたいと思って行動しているのですから、そこに理由はありません。
・外発的動機づけ
その行動に何らかの報酬や理由がある動機づけです。
褒めてもらえる、お小遣いがもらえる、欲しいおもちゃを買ってもらえるなど、いい成績を取ったときに得られる「ご褒美」を期待して、やる気を出しています。
今回のケースでは、もともとAちゃんは泥団子を作ること自体が楽しくて仕方ありませんでした。
これこそが「内発的動機づけ」だったのです。
しかし、幼稚園で泥団子作りが流行り、コンペティションが開催されます。
大好きでずっと泥団子を作ってきたAちゃんは、誰よりも泥団子を上手に作る技術を持っています。
そのため金メダルをもらえたのですが、ここで自分が泥団子を作ってきた目的が、「好きだから(内発的動機づけ)」だったのか、「金メダルが欲しいから(外発的動機づけ)」だったのかがわからなくなってしまいました。
これまでの研究において、このような場合の心理的影響が解明されています。
ロチェスター大学の心理学教授であるエドワード・L・デシ博士によって提唱されたもので、大学生に対するパズルと金銭的報酬の実験によって研究が行われました(※2)。
※2 Deci, E. L. (1971). Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation. Journal of Personality and Social Psychology, 18(1), 105-115.
実験に参加した大学生を2つのグループに分けて、一方には「パズルを解くと1ドルの報酬がもらえる」と教え、もう一方のグループにはパズルを解く理由は教えませんでした。
しばらくして試験官はその場から立ち去ります。
興味深いことに試験官が立ち去った後にも、パズルを解く理由を教えられなかったグループの方がパズルを続けた人が明らかに多かったのです。
つまり報酬のためにパズルをした場合よりも、純粋にパズルを楽しんだグループの方が長く続けられたということです。
同様に、スタンフォード大学の心理学部教授のマーク・レッパー博士による未就学児に対する興味深い実験結果があります。
お絵描きをよくする未就学児に、お絵描きをすることに対して報酬を与えるという研究です(※3)。
※3 Lepper, M. R., Greene, D., & Nisbett, R. E. (1973). Undermining children’s intrinsic interest with extrinsic reward: A test of the “overjusti¬cation” hypothesis. Journal of Personality and Social Psychology, 28(1), 129-137.
もともとお絵描きが大好きという内発的動機がある子どもに対して、報酬を与えた場合、報酬を与えない場合よりもお絵描きをしなくなってしまうことが明らかになりました。
この現象を「アンダーマイニング効果」と呼びます。
つまり、「ただ好きでやっていることに勝るものはない」ということです。
なので、子どもがお絵描きをしているときは話しかけないのがベストです。
描いている途中で「すごーい」とか「えらいね」などと言わないのがおすすめで、「これ何?」「何描いてるの?」といった質問もいらないのです。
それが学校の成績や将来の進路につながるかつながらないかは、その時点では誰にもわかりませんが、それでも費やした時間や集中力は後々必ず本人の大切な財産になります。
「好き」を見守ることこそが、自己肯定感を伸ばすことにつながるのです。
あるお母さんの悩みごとです。
「お手伝いが子どもの発達にいいって聞いたから、食事の前に家族のお箸を並べることから任せてみました。何日か続けてくれたから、もっとやる気を出してもらえるように1回につき10円のお小遣いをあげたら、しばらくは喜んでやってくれるようになったんだけど……。今朝になって洗濯物をカゴに入れるように伝えたら、『それも10円くれる?』と言うようになってしまって……。どうしたらいいのでしょう?」
親にとってこのような悩みはよくあります。
「小さな成功体験を積むことは自己肯定感を育むのに大事」と、本やネットではしばしば説明がされています。
日本には昔から、「新聞を取ってきたら10円もらえる」のような小さなお手伝いとお小遣いの文化がありました。
これを「なごみ系のほっこり文化」として、肯定的に感じることもあるでしょうが、この小さなお手伝いに対してお小遣いを与える行為は、自己肯定感の観点からはおすすめできないといわれ始めています。
先述した「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」とも関わってくるのですが、今回のケースでは子どもの思考回路をどう考えればよいのでしょうか。
お手伝いの初めは、箸を並べる仕事を任されて純粋な嬉しさを感じていました。
お小遣いももらえて、さらにやる気がアップしますが、この段階で「外発的動機づけ」が発生してしまいます。
やがて続けているうちに、「お箸を並べて役に立てて嬉しかった」という気持ちよりも、続ける理由が「10円をもらうため」に変わります。
すると、お手伝いという小さな成功体験の記憶ではなく、10円の効果に動機づけが置き換わってしまい、モチベーションが保てないという経過をたどったと推察されます。
子どもに達成感を味わってもらうために、小さなステップの成功体験を積むこと自体はいいことだといわれています。
ただ、この方法を使う際に気をつけないといけないことは、ステップが小さいがゆえに、ご褒美をあげたり、大げさに褒めたりするといった付属の方法が期せずしてついてきてしまうことなのです。
大げさな褒め方やご褒美は、瞬間的にはモチベーションを上げ、自分を肯定する気持ちを高める効果を発揮しますが、効果は持続しませんし、長期的にはむしろ悪影響を及ぼすという研究結果がいくつも出ています。
実は「これができたら○○を買ってあげるよ」といった報酬を長期的に続けていた場合、将来的に予測される悪影響には、不安感や抑うつ症状といったメンタルに関わるものだけでなく、身体や人間関係においても良くない影響をもたらすことを示唆する研究結果が出てきています(※4、5)。
※4 Kasser, T., & Ryan, R. M. (1996). Further examining the American dream: Differential correlates of intrinsic and extrinsic goals. Personality and Social Psychology Bulletin, 22(3), 280-287.
※5 Williams, G. C., Cox, E. M., Hedberg, V. A., & Deci, E. L. (2000). Extrinsic life goals and health-risk behaviors in adolescents. Journal of Applied Social Psychology, 30(8), 1756-1771.
まとめ
それは、まず「小さな家事」に興味を持ってもらうところから始めることです。
洗濯物の中から靴下の組み合わせを探す、片付けの時間を測って前回の記録と競争するタイムアタックをするなど、ゲーム要素を取り入れ、楽しみながら一緒にできるものがおすすめです。
そして、小さな家事をしてくれるとことがとても嬉しいと丁寧に伝えましょう。
ただし、簡単すぎるものを過剰に褒める必要はなく、ただにっこりと「ありがとう、助かるよ」と言ってあげるだけで、子どもは十分幸せな気持ちになれるのです。