医師で作家の久坂部羊さんは、どれだけ努力しても老化は避けられないため、過剰に『いつまでも元気で長生きしたい』とは考えないほうがいいと言います。
なぜなら、元気で長生きするために努力をした人ほど『こんなに頑張ったのに』と落ち込んでしまう」から。
今回は、久坂部羊氏著書『人はどう老いるのか』から、老いの克服についてご紹介したいと思います。
可能なかぎり元気で若々しく健康でいたいと願うのは、万人共通のものでしょう。
介護など受けず人生を全うするために、それを実現する何か特別な方法が必要なのではないかと思ってしまうものです。
そして、こういう欲望につけこむビジネスが、巷にはあふれています。
サプリメントや健康食品を通販番組で「今がお得」「初回にかぎり半額」「1カ月無料でお試し」「今すぐお電話を」と急かして視聴者の心をくすぐり、買わないと損だと言わんばかりにあざとく導きます。
医療界でも十分に根拠のない認知症の予防や、がん予防の情報を垂れ流し、健診業界は表面的なキレイごとの情報で人々の興味をそそり、健康診断や検診をサボっていようものなら大変なことになると脅かして、受診者を増やそうとしています。
製薬業界は少しでも早く、少しでも多く、少しでも長く薬を服用してもらうよう、医者におもねって正常値の範囲を厳しくし、売り上げを伸ばそうとしています。
2011年の東日本大震災のとき、多くの医療機関が被害に遭い、一定期間、病院を受診できなかったり、薬が手に入らなかったりした人も少なくなかったはずですが、それで症状が悪化し、取り返しがつかなくなったという話は聞きません。
それはつまり、行かなくてもいい病院に行き、のまなくてもいい薬をのんでいた人が多かったということではないでしょうか。
新型コロナウイルスの蔓延で緊急事態宣言が出されたときも、クリニックで感染することを恐れて、特に小児科の受診者が激減したそうですが、それはとりもなおさず、受診しなくてもいい子どもたちが心配性の親に不必要に受診させられていたことの証でしょう。
医療も営利で成り立つ業界である限り、顧客を増やすことに熱心であるのは致し方ないですが、偏った情報やあざとい手法で一般の人を不安に陥れ、必要がない人まで医療を施すことには疑問を感じます。
まるで宗教が信じなければ「地獄に堕ちる」「悪魔に取り憑かれる」などと脅して、信者を勧誘するのと同じではないでしょうか。
今の日本はこれまでにないほど自由で平和で豊かです。
だからだれもが幸せなのかというと、必ずしもそうではありません。
自由で平和で豊かである故の問題が、さまざまなところから噴出しています。
そのひとつが“欲望肯定主義”が作り出す不幸です。
欲望肯定主義とは、我慢する必要はないという気前のいい発想であり、また我慢しなくてもいいという優しい目線でもあります。
それはすばらしいことのように見えて、これまでにはなかった不満、不愉快、不幸を作り出しています。
たとえば、安易な“甘い汁情報”の氾濫。
「楽にやせる」「すぐに儲かる」「安くてうまい」「元気で長生き」などで、多くの人々の関心を引き寄せます。
中には額面通りのものもあるかもしれませんが、理論としてそもそもが矛盾しているので大半は絵に描いた餅でしょう。
こういう安易な情報が広がると、人は楽をすることがデフォルト(初期設定)だと思いこみ、本来、人生にとって必要な努力とか忍耐、工夫を遠ざけてしまうことになります。
老いに関しても同様で、現実から目を背けていると、実際の老いに嘆き、悩み、苦しむばかりとなってしまいます。
快適な老いを実現するために必要なものは、一にも二にも現状の受容、すなわち足るを知る精神です。
欲望肯定主義に乗せられて、いつまでも元気で若々しくさわやかに快適に生きようなどと思っていると、目の前の日々は不平と不満に塗り込められていくでしょう。
この世の中はまったく油断がならず、不幸と不満を増大させる勘ちがいを引き起こす“罠”に満ちています。
その最たるものが、スーパー元気高齢者の活躍です。
昨今は高齢の俳優がテレビ出演の際に、その若さと元気さを、堂々とアピールする姿が見られます。
おそらく並外れた努力と巨額の投資が裏にあるのだと思われますが、もちろんそんな実情が明かされることはありません。
しかし件の俳優も、おそらくカメラがオフになれば「フーッ」と息を吐き、シャンと伸びていた背中もくにゃっと曲がるのではないでしょうか。
家に帰ればさらに緊張は緩み、年齢相応の老化現象が露出するはずです。
しかし、視聴者はそこまで想像を巡らせることはなく、ふだんの生活もそのまま若々しく元気なのだろうと受け取ります。
困ったことにそれによって、未だ老いの手前にいる中年世代の人たちが、老いの厳しさに対する心の準備をおろそかにしてしまいます。
80歳をすぎてもあんなに元気でいられるのか、90歳に近づいてもあんなに若々しくいられるんだと、安心してしまうのです。
スーパー元気高齢者が元気でいられるのは、投資もあるでしょうが、基本的には持って生まれた体質の比重だと思われます。
もともと長寿の体質でなければ、何をやっても効果は得られません。
遺伝子を変えることはできませんから、快適な老いを実現するには、各々自分の体質の中で満足を得ていく以外に方法はないのです。
ところが、TVなどでスーパー元気高齢者の活躍を見せられると、自分もそうなりたい、なれるのではないかと考える人が増え、そうなれなかった場合に、大きな不満と失望を抱え込むことになります。
年を取れば足が弱り、手がしびれ、息切れがして、身体が自由に動かなくなり、眠れなくなったり、夜のトイレが近くなったり、お腹が張るのにガスは出ず、出なくていい痰や目ヤニやよだれは出て、膝や腰の痛み、嚥下(えんげ)機能、消化機能、代謝機能も落ちるのです。
それが自然なのですが、現実を受け入れるのは簡単ではありません。
老いるということは、失うことだとも言われます。
体力を失い、能力を失い、美貌を失い、余裕を失い、仕事を失い、出番を失い、地位と役職を失い、居場所を失い、楽しみを失い、生きている意味を失う。
過酷な老いを受け入れ、落ち着いた気持ちですごすためには、相当な心の準備が必要なのです。
特に若いときから優秀だった人は、人生で得たものが多い分、失うことがが耐え難いようです。
仕事で高い地位にいた人は、リタイアしてふつうの人になることに抵抗を感じ、頭がいいと言われていた人は、記憶力や計算力が衰え、言いまちがいや勘ちがいなどを指摘されると腹が立ち、落ち込みます。
もともとさほど優秀でなければ、リタイアしても、記憶力の衰えなどもたいして気にはなりません。
同様に健康が自慢で、どこも悪いところがなかった人も、老化現象による不具合に耐えるのは我慢ならないのです。
若いときから具合の悪かった人のほうが、慣れている分、年を取り身体が弱って不自由になってしまっても、「年をとったらこんなもん」と、現状を受け入れやすいでしょう。
どんな人も老いの現実を正しく認識し、高望みをせず、身の丈に合った状況で満足するすべを身につけることが大切であり、それはある種の智恵にほかなりません。
まとめ
そのことを理解して、がんや脳梗塞、パーキンソン病、あるいは認知症などを発症したとき冷静に受け止める準備をしておかないと、あんなに努力したのにと、よけいな嘆きを抱え込んでしまうことになります。
思うままにならない老いの衰えも、受け入れて付き合っていくしかないと思えたら少しは楽になるはずです。