誰にでも嫌な気分になることがある事実は避けられないからです。
しかし、生きていく上で、嫌な気分を味わったとしても、それを極力引きずらずに、幸福でいるためにはどうすればよいのでしょうか。
そのヒントとなるのが、世界的ベストセラー『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』(BJ・フォッグ著、須川綾子訳、ダイヤモンド社刊)です。
著者はどんな種類の行動であっても、すべて「能力・モチベーション・きっかけ」の調整によって変化を起こせると説いています。
この行動モデルを理解して活用すれば、今後の人生においてとても大きな武器となり財産となるはずです。
今回は、すでに多くのビジネスパーソンや学生たちが試してきたこの方法を活用して、著者による人間行動の秘密を解き明かした伝説のレッスンのさわりの部分をご紹介します。
自分にとって苦痛な状況から脱出したいなら、ここで紹介するスキルは非常に有益なはずです。
例えば、長年、十分な睡眠を取ることが課題だった場合。
睡眠の重要性はわかっていながら、睡眠不足が深刻な悩みの種になっていたような時、この苦悩からどうやって脱出しますか?
睡眠不足の原因のひとつは、寝室内の音が気になって真夜中に目が覚めることだったとします。
エアコンのスイッチのオンとオフが切り替わるときに、カチッと鳴る音が気になっていて、性能のいいエアコンに取り替える予定だったものの、「真珠の習慣」で、もっと手っ取り早くて簡単な解決策を発見しました。
ある晩、目が覚めて、また次にカチッと音がすると身構えていたとき、この音を「顔と首をリラックスさせる」ためのきっかけにしたのです。
そこで「カチッという音を聞いたら、顔と首をリラックスさせる」という行動の「レシピ」をつくりました。
そしてこれをすぐに習慣にし、カチッという音を聞くとリラックスさせる行動をとるようになったのです。
カチッという音が、よく眠れるようにリラックスしなさいと忠告してくれているのですから、いまではこのノイズが聞こえるとむしろ幸せな気分に包まれるまでになりました。
これが「真珠の習慣」です。
最初は苛立たしかったきっかけが、行動の変化で美しいものに変化したのです。
上記の例はそれほどあっと驚くようなものではないですが、もっと「真珠の習慣」を独創的な状況で利用し、効果を得たA子さんの行動の変化をご紹介します。
A子さんが取り組んだのは非常に難しい問題でしたが、彼女はその中で見事な真珠の習慣を身につけました。
A子さんは、夫と離婚したあと、親権についてようやく合意に至ったものの、元夫は依然として彼女に腹を立てていて、顔を合わせるのがとても苦痛でした。
それでも、まったく会わないわけにもいかないため、やむを得ず会ってはいましたが、元夫と不快なやりとりをするたびに、彼女はそのことを一日中頭の中で繰り返し、苛立ちや怒り、罪悪感に何度も苦しめられるということに気づきました。
元夫が彼女に投げかける言葉や、会話の展開をコントロールすることはできません。
彼の攻撃は台風や嵐と同じで、荒れ模様が予測できることもありますが、一切何の前触れもなく攻撃されることもあります。
しかし、どちらにしろその後に自分の気分が悪くなることは、はっきりしているのです。
だから、彼女はこの辛い状況に対処するために、自分の行動を変えることにしました。
目標は「元夫について考えないようにすること」。
A子さんは夫の行動をきっかけとして利用し、元夫に言い負かされたり攻撃されたと感じたら、すぐに自分にとって心地よい計画を立てることにしました。
それは、お気に入りのバンドのニューアルバムを聴いたり、時間がなくて聴けずにいたオーディオブックを聴くといったこと。
ときにはスターバックスまで車を飛ばし、大好きなコーヒーを飲むこともありました。
その日のうちに自分のために貴重な時間を少しだけ確保する習慣を持つようになって、A子さんはこの習慣が二重の意味で恩恵をもたらすことに気づきました。
彼女は自制心を取り戻すと同時に、自分にとって心地よいこともできるようにしたのです。
「侮辱されたと感じたら、自分のために心地よいことをする」。
これが彼女にとってプラスに働きかける習慣となった秘訣です。
この秘訣を実践するようになってから、彼女は元夫に侮辱的な言葉を返すことも、攻撃されたと感じることもなくなりました。
その代わりに「また侮辱された。ずっと観たかったあの映画を観れるわ」と、心の中でつぶやくのです。
対面している時は夫に反論せず、別れたあとは自分のことに集中して、自分が心地よく過ごすその夜の計画を立てます。
おかげでイライラしたり怒ったりし続けて一日が台無しになることはなくなりました。
繰り返すうちに、いつの間にか元夫とのやりとりが頭の中でよみがえることがなくなり、彼からの侮辱が思いがけない贈り物のようにさえ思えるようになってきたのです。
何といっても、自分をいたわるきっかけを与えてくれるのが彼になったのですから。
自分でもおかしな理屈だとわかってはいるけれど、厳しい状況をできるだけおおらかにとらえて困難を切り抜けるのには非常に役に立ったのです。
もちろん、可能であれば自分にこんな思いをさせる相手とは一切関わりたくなかったでしょう。
しかし私たちは、ストレスをもたらす相手や状況のすべてを人生から排除できるわけではありません。
ときには理不尽で不公平な扱いをされたり、神経を逆なでする態度の悪い相手がいたり、それでも、じっと我慢しなくてはならない状況というものはあるのです。
そういった相手を変えることはできませんが、私たちは自分自身についてはコントロールができます。
A子さんはそれをうまく実現しました。
自分を傷つける他者の行動を、あえて健康的な反応を引き出すきっかけとして用いたというところが素晴らしいアイデアです。
これは自分が攻撃され、傷つけられていても何もできないと感じる状況のなかで、素晴らしい効果が期待できます。
さらに、A子さんは前向きな影響が、自分が思っていたよりもはるか遠くまで及んでいたことに気づきました。
週に一度、父親と会う約束になっている子どもたちが、顔を合わせた両親の言い争いに巻き込まれずにすむようになり、明らかにストレスが和らいでいたのです。
彼女が得た心の平穏は、元夫にも変化をもたらしました。
会うたびに怒りの塊のようだった元夫が、まるで風船から空気を抜いたような感じになっていったのです。
嫌みを言われることもあったものの、以前ほど辛辣ではなくなりました。
彼女は久しぶりに、いつか友だちになれる日が来ればと願うことができ、あるいはせめて、共同養育者としてうまくつき合えるようになれればと思えるようになりました。
A子さんの近況によれば、末娘の卒業パーティを元夫と一緒に開いたとのこと。
素晴らしいことだけど、それを実現したことは驚きのニュースと言わざるを得ません。
しかし、一番驚いているのはA子さんと元夫なのだそう。
彼女は彼の否定的な行動を自分の前向きな行動を変えるきっかけにしたことで、前より幸せになり、相手を思いやる心の余裕が生まれたのです。
彼女は、屈辱と落胆、後悔にまみれた世界から抜け出すと、物事をはっきり考えられるようになりました。
そして、元夫が彼女とちがって人づきあいのスキルをあまり磨いてこなかったことに気づきました。
結婚しているあいだは、彼が他人とうまくつき合えるように、いつも彼女があいだに立っていました。
ところが離婚後はすべて自分でどうにかするしかなくなり、それが彼にとって難しいことだとわかったので、A子さんは彼を思いやるようになったのです。
私たちは、相手がはっきり意思表示しなくても、自分がどう思われているのかわかるものです。
元夫がA子さんの態度の変化と、その背後にある思いやりの気持ちを感じ取り、彼自身も変わり始めたのではないでしょうか。
そして彼女にとって、この元夫の変化はまったく予期せぬことでした。
彼女は、ただひどい状況を変えようとして、自分自身を守りいたわる習慣を身につけたいだけだったのですから。
まとめ
先々も同じことが繰り返されるとわかっているのであれば、我慢せずに自分自身がポジティブな気分になれるきっかけとしてしまう「真珠の習慣」を身につけましょう。
A子さんの例のように、自分でも思いもかけなかったことが起きるかもしれません。
『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』