心身の不調に悩まされている場合、この2つの要素が大きく関係していることも少なくないのです。
呼吸器の専門医である奥仲哲弥医師の著者 『不調の9割は「呼吸」と「姿勢」でよくなる!――専門医が教える自律神経が整う「呼吸筋トレ」』から、呼吸の大切さをご紹介します。
呼吸法は、人間が多くの健康法に取り入れてきた、昔から共通する概念です。
気功やヨガ、お釈迦様の呼吸法「アナパーナ・サチ」、禅の丹田呼吸法、最近ではインドフルネスの調息なども話題になりました。
これらの呼吸法は、気軽にできる健康法として広く実践されてきましたが、近年では脳科学や生理学、解剖学などの観点からの研究も進み、次々とその効果が実証されています。
呼吸法はもはや信仰の延長でも伝承でもなく、科学的根拠に基づく健康法として、確立されつつあると言えるでしょう。
また、呼吸法は健康法としてだけでなく、武道や格闘技、マラソンなどのスポーツや発声法、さらには出産の際にも用いられており、一度コツを身に着ければ、日常生活から特別なシーンまで、幅広く活用することが可能な点にも、ますます注目が集まっています。
確かに、呼吸法にはさまざまな流派があり、少しずつ特徴が違います。
とはいえ、呼吸を整えることでどのようなメリットがあるかについては、共通点も多いため、エビデンスがある代表的なものを挙げてみたいと思います。
【呼吸法によるメリット】
□体への酸素取り込み促進
□肺機能の向上
□自律神経の安定化
□代謝アップと血流改善
□血圧の安定化
□ダイエット効果アップ
□ホルモンや酵素に働きかけ、内分泌腺が活性化
□肩凝り、腰痛やひざ痛の解消
□運動能力の増強
□脳のパフォーマンス向上
□集中力アップ
□ストレス解消
□リラックス効果
まだまだメリットはたくさんあると思いますが、良い作用がたくさんあることについては、間違いないようです。
しかし、ここで1つ、重大な事実をお伝えしますが、実は……肺は、自分では動くことができません。
1日に2万回以上、息を吸ったり吐いたりしてるのに、肺には筋肉がないため、近くにある筋肉に動かしてもらっていて、自分自身では動けないのです。
肺が呼吸運動を行う時に使う筋肉は、首から下腹部にかけて20カ所以上もあります。
このうち「横隔膜」と「肋間筋」の二大呼吸筋が代表して、肺の動きをコントロールする役割を担っています。
息を吸うときに最も大きな役割を担っているのは横隔膜です。
ドーム状の形を収縮させて、肺を拡げて息を吸わせます。
このとき働く力の7割は横隔膜で残りの3割が肋間筋です。
逆に息を吐くときは、横隔膜が収縮をやめ、肋間筋が胸郭を狭めるので、肺は自然に縮んで息が吐きだされます。
この2つの筋肉の面白いところは、内臓に接する場所にあるのに、腕や足の筋肉と同じように、意思の力で動かすことができるという点です。
もちろん呼吸中枢の指令を受けて、自動で動いている部分がほとんどなので、眠っていても、意識がなくても呼吸が止まることはありません。
自分で意識して動かすことができるなら、それを上手に利用しない手はないのです。
呼吸をコントロールすること、それは呼吸筋の動きをコントロールする、ということなのです。
皆さんご存じの通り、呼吸には「胸式呼吸」と「腹式呼吸」があります。
1.腹式呼吸の動きを司るのが「横隔膜」
2.胸式呼吸の動きを司るのが「肋間筋」
です。
では、この二つの呼吸法の特徴をご紹介します。
「腹式呼吸」を司る横隔膜
横隔膜というと、その名前から膜のようなものを想像しがちですが、胸(胸腔)とお腹(腹腔)の間にある、ドーム状の形をした筋肉で、平均で3~5mmの厚さです。
脂肪や2枚の膜を合わせると、厚さは2cmにもなります。
焼肉でいうと、サガリ(マッチョ)や、ハラミ(細マッチョ)にあたる部分で、膜というよりはしっかりしたお肉です。
腹式呼吸の主役は横隔膜です。
わき役に肋間筋、腹筋群、骨盤底筋群など呼吸ために他の筋肉も動きます。
主役とはいえ動きはごくシンプルで、上下運動がメインです。
そのため酸素消費量も少なく済み、その分全身への酸素供給量が増えます。
全身の酸素量が足りていれば、呼吸数も少なくて済むので、体も疲れにくいという好循環になり、コスパのよい呼吸法なのです。
さらに、横隔膜には自律神経がたくさん集まっています。
自律神経は基本的に、自分の意思でコントロールすることはできませんが、唯一、呼吸を通してだけ整えることができるといわれています。
横隔膜を積極的に動かすことで自律神経の束を刺激し、副交感神経を優位にして体を安定した状態に導きます。
「肩の力を抜く」「腹を据える」という言葉があるように、緊張や興奮を鎮め冷静になるために、昔から自然に行われてきたのが腹式呼吸です。
しかし腹式呼吸だけをしすぎると内臓が下がるとも言われていますので、何事も、過ぎたるは及ばざるがごとしのようです。
「胸式呼吸」を司る肋間筋
肋間筋は肋骨(あばら骨)の間にある筋肉で、バーベキューで言えばスペアリブのお肉部分と言えます。
胸式呼吸は、この肋間筋といくつかの呼吸補助筋が協力して行います。
肋間筋を使って胸郭を大きく広げたり狭めたりするので、胸は斜め上方向に膨らみ、肩が上下します。
過剰に気構えたときに「肩に力が入る」と言いますが、まさに、緊張したときに起こる呼吸です。
胸式呼吸のいいところは、まず、酸欠状態になったときに、とにかくすばやく酸素を取り込むことができます。
また、交感神経が優位になるためアドレナリンの分泌を促し、体をアクティブに動かしたり、気持ちを奮い立たせるときに意識的に用いると効果的です。
腹式呼吸を意識した呼吸法が多いなか、女性に人気のピラティスは胸式呼吸を基本にしています。
腹横筋という肋骨の周りの筋肉を刺激して、背骨や骨盤の位置を整え、インナーマッスルを鍛えたり、基礎代謝を上げる効果があると言われています。
胸の呼吸は、いわば、攻めの呼吸と言えるでしょう。
ただ、一度に使う筋肉が多いので、呼吸するだけで全体酸素消費量の約35%を使ってしまうなど、安静時や日常的に行う呼吸法としては燃費が悪いのが欠点です。
しかし、普段私たちは生活の中で、どちらかの方法だけで、呼吸を行っているわけではなく、意識してどちらかの呼吸法に変えない限り、両方の呼吸法を行っています。
腹式呼吸は多くの呼吸法でも、スポーツでも、武道でも、発声法としても推奨されていますが、それは生活から切り取ったあるシーンのなかでの理想の呼吸法というだけです。
日常生活を送るうえでは、いろいろなことが起きますよね。
例えば、朝、寝坊して遅刻しそうになったら、急いで着替えて何としてもいつもの電車に乗ろうとするでしょう。
起きて、時計を見て、ぼんやりした頭をスッキリさせるのは交感神経です。
「うわー!寝坊した!」と1回頭を抱えたあとに、素早く着替える力を与えてくれるのは、交感神経の興奮とアドレナリンです。
起きた後の一連の作業と駅までのダッシュで必要なのは、すばやく息を取り込むことのできる胸式呼吸です。
そのときに腹式呼吸をしていた場合、はたして間に合うことができるでしょうか?
生きていくうえでは、腹式と胸式のどちらの呼吸も必要不可欠で、決して、腹式呼吸が良い呼吸で胸式呼吸が悪い呼吸ではないのです。
まとめ
イメージとしては、やはり腹式呼吸が良い呼吸で胸式呼吸が悪い呼吸だととらえていた方も多いのではないでしょうか。
呼吸で主導している筋肉が、2大呼吸筋のそれぞれ違う場所であるため、一見対立しているようにも見えます。
しかし生活を営むうえでは、この二つの呼吸法はどちらも欠かせないものです。
生活のシーンによって、呼吸をコントロールすることが大切なようです。