そんな感情的な人と対峙しても、あなたも相手も傷つけないコミュニケーションは可能です。
今回は、身勝手な上司や先輩が巻き散らかす「悪臭」に上手く対応するにはどうすればいいかを心理コンサルタントの林恭弘氏著書 『「落ち込みグセ」をなおす練習』 からご紹介したいと思います。
素直でなければ、人間関係はうまくいきません。
では、素直とはいったいどのような気持ちや状態なのか、まずそれがわからない人のほうが多いはずです。
たとえば、あなたから見てまだ業務知識・技術ともに未熟な後輩がいるとします。
彼に仕事を依頼し、同じような内容の仕事を今までに何度か経験しているはずなのですが、やはりあなたが期待をした結果は出ませんでした。
イライラしたあなたは、「何度やったらできるようになるんだ! やる気はあるのか!」と思わず叫んでしまいます。
後輩は黙ってうつむき、固まったまま動きません。
あなたに叱られたことにショックを受けているのか、反省しているのか、受け流しているだけなのかも判断できません。
その様子にあなたはさらに苛立ち、「ボーっとするな! わかってるのか!」と声を荒げてしまいます。
そのあとは何とも言えない空気が職場に漂い、他のメンバーとあなた自身の間にも後味の悪い思いが残ってしまいました。
さて、この場面でのあなたの素直な気持ちは何だったのでしょう。
A.自分の思うように仕事ができない後輩がムカツク
B.成果を上げないと、自分の評価が下がるかもしれないという不安
C.くり返し指導をする時間的・精神的余裕がない焦り
D.他のメンバーに迷惑がかかるかもしれないという心配
E.いいチームワークで高い成果を出せる職場にするという、理想に近づかないことに対する焦り
もしかすると、A~Eまでの全部が、あなたの素直な気持ちかもしれません。
Aの気持ちは、イライラした感情を後輩にぶつけ、攻撃することによって、憂さ晴らしをしています。
Bの気持ちは、あなたの保身です。そんなとき、あなたのために「がんばろう」という人はまずいません。
もしこれら、ABの気持ちがあなたの腹の底にあるのなら、ただちに直したほうがいいでしょう。
いくら素直な気持ちだからと言って、AやBの気持ちをそのまま伝えても、相手と関係がよくなることはありません。
これは職場の人間関係だけではなく、家族との関係や、それ以外のプライベートの関係もすべて含めて言えることです。
「感情の憂さ晴らし」「保身(メンツのため)」など自分本位の気持ちが腹の底にあるとしたなら、必ずそれはあなたから漏れ出し、悪臭を放つことでしょう。
その悪臭は当然、相手の鼻をつくことになります。
「イヤーな臭い」がするのです。
C、D、Eは素直な気持ちの中でも、個人的な感情の発散でもなければ、保身でもありません。
職場や他のメンバーに対する影響にまつわる、「相手本位」「仕事本位」の本音です。
次のように相手をフォローするのであれば、誰でも理解できて納得も得られます。
C「くり返し教えてあげられる余裕がなくて、申し訳なかったね。今回のことを活かして、ぜひ次回からはこの仕事を完璧に終わらせてね」
D「知っての通り、少人数で目標達成しなければならない状況だから、君にも大きな戦力になってほしい。他のメンバーの負担を少しでも減らして、みんなが活躍できるようにしたいんだ」
E「いいチームワークで最高の仕事をつくっていきたいんだ。まだまだ不慣れかもしれないけれど、もちろん君もその大切なメンバーのひとりだ。期待しているから、頼んだよ」
そして、こういうフォローも考えられるでしょう。
F「わからなければいつでも質問してね。そうじゃないと、君が困ることになるからね。そのかわりメモをしっかりとって、一回でマスターしてね」
少し照れくさいかもしれませんが、このC~Fがあなたの正直な気持ちであれば伝えるべきでしょう。
あなたが、
・何を感じているのか
・何を心配しているのか
・何を目指そうとしているのか
・相手をどのように見ているのか
これらを伝えない限りは、どれだけ怒鳴りつけても何の変化も期待できないでしょう。
しかもその内容は、仕事本位で公平で、相手を尊重していなければなりません。
そして、このような会話をしたからといって、完全に問題が解決するわけではなく、そのあとも、何度でも話さなければならないこともあります。
“人育ての達人”と言われた、松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助は、 「ええか、何回も何回も同じことを言うんやで。何回も何回もやで。何回も何回も同じことを言うんや……」
と言っています。
相手のDNAに刻み込むような気持ちを持って伝えるのです。
そして、次に問題になるのが、反対に相手があなたに自分本位の感情的な言葉をぶつけてきたときにはどう対処するのかということです。
たとえば、
「おい、いつまで1つの仕事にかかってるんだよ! ダラダラ仕事をするな」
「このままの成績では、来期の君の居場所がここにはなくなるかもしれないと心配しているんだよ」
など、明らかにイライラの感情の発散や、「君のため」と言いながらも自己保身から発せられる言葉への対処方法を考えてみましょう。
このような攻撃や自己保身から出てくる言葉をまともに受けると誰でも傷つきます。
しかし、ここで腹を立てたり、落ち込んだりしてしまうと、「やっぱり自分はダメなんだ」と自己否定というスタンスに陥るか、あるいは「あの人は自分本位なずるい人だ」という、相手を否定するスタンスを固めてしまいます。
これらのスタンスは、落ち込みと苛立ちという、いずれにしてもあなたを苦しめる結果になります。
そこで、こんな返事をしてみてはどうでしょうか。
「テクニカルなトラブルで時間を要してしまいました。予定より遅れて申し訳ありません。最短で仕上げるように努力します」
「ご心配いただきありがとうございます。来期の成果を達成できるように精一杯努めます。そこでなのですが、成果を上げられるようなトレーニングを受けさせていただけないでしょうか」
というように、お詫びしながらも言いたいことを主張します。
あるいは、相手に感謝し自分の非を認めつつ、自分が成長するための援助を正当にお願いしてみるのです。
これらの言動には、あなたと相手を「肯定する」あるいは、「肯定するために」というスタンスが背景にありますから、落ち込みや苛立ちの感情からあなた自身を守ることができます。
それでも、「自分本位の言葉」をぶつけてくる人は後を絶ちませんが、「私は自分も相手も肯定する」というスタンスを保ち言動することによって、相手に謝るにしても、感謝するにしても、また提案や自己主張をするにしても、あなたも相手も傷つけないコミュニケーションが可能になります。
そうやってコミュニケーションの意識を自分本位から相手本位に切り替えると、「丁寧に伝え」「慎重に聴き」「確認をとる」ことになり、お互いの関係が大きく改善されます。
相手を客観的に観察することが増え、今までは見えなかった、相手の心を開くポイントが見えてくるようになるのです。
たとえば、
・いつ話しかけると、一番集中して聞いてくれるか
・どのような表情やしぐさで聞けば、相手が話しやすいか
・どんなことを言われたら嫌がるのか
・どんなことを言われたら喜ぶのか
ということもわかるようになってきます。
一般的に私たちはコミュニケーションを自分本位に捉えがちです。
「言ったじゃないか!」「そんなことは聞いていません」というやりとりをよく目にすると思いますが、まさしく象徴しています。
「言ったじゃないか!」という言葉の裏には「自分の言ったことは絶対に相手が聞いていて、理解し納得しているはずだ」という気持ちがあるでしょう。
これが自分本位です。
「そんなことは聞いていません」というのは「聞いていないんだから、こちらに責任なんてない。どうせ言ったつもりでいるだけで、言い忘れたのだろう」と伝えたいのでしょう。
これもやはり自分本位です。
自分本位の人同士のコミュニケーションは不安定で、人間関係のトラブルを起こしやすいものです。
コミュニケーションは、相手本位でなければ気持ちのいい人間関係を築くことはできません。
トラブルが起こったときは、相手のせいにして責任をなすりつけるのではなく、「自分の言ったことを、相手が理解できていたか」という視点が不可欠です。
「そんなこと聞いていません」と、責任逃れするのではなく、「相手が言ったことを、うわの空で聞けていなかったのかもしれない」という視点です。
そんなときは感情的になって反発するのではなく、「では、もう一度聞かせてください」と素直に言えばいいのです。
あなたが疲れない人間関係をつくっていくためには、相手の現在の状態と心境を考えながら対応することもポイントとなります。
これをすることで、コミュニケーションがうまくいき自分も楽になります。
たとえば、せっかちな人やいつも忙しく動き回っている人であれば、同じことを何度もし説明したくないはずだ、とを考えて、メモをとりながら話を聞くことや重要と感じたポイントは、相手の言った言葉を一部くり返して確認をとるなど、相手が心地よく感じるであろう対応をとることです。
これらはすなわち、相手に安心感を与えるということです。
相手本位の目で見て、よく観察していくと、不思議なことに呼吸のリズムが同調してきます。
そして、話す速度、声のトーン、姿勢、仕草なども同調してきます。
これらは、心理カウンセラーがカウンセリングで意識的に使う「ペーシング」という手法です。
人間は「同じもの、似たものに安心感を持ち、心を開く」という性質を持っているため、短い時間で、安心感と信頼感をつくるには大変効果的な手法です。
相手本位の目で、相手や周囲を見てみると、違う世界が見えてくるかもしれません。
それは苦手な相手の心を開くポイントでもあるのです。
しかし、なかには攻撃的な人や苦手な人もいますよね。
そういう人たちにこそ「あなたは優秀」というメッセージを与えてあげましょう。
私たち人間は、誰でも本質的には「自尊心」を持った動物です。
それは自我と密接な関係があり、どんなに幼い子どもでもお年寄りでも、自分のことが大切なのです。
自己嫌悪に陥り、「自分のことなんて大きらい!」と感じている人も、自分のことが大切なのです。
「自分なんてどうでもいい」と思っているなら、自己嫌悪になりはしないのです。
人は、自尊心を満たしてくれる相手には好意的に接するものです。
これを心理学で返報性の法則といい、好意を受けると、同じように返したくなるのです。
ですから、攻撃的な人や苦手な人にこそ「あなたが優秀で、すばらしいところを持っていることを私は知っていますよ」というメッセージをさりげなく伝えてみることです。
感情的な人でも、自分のよさを認め尊重してくれる人には否定的な態度をとらないものです。
これらのことは上司から部下、大人から子どもといった、上から下へのコミュニケーションだけではなく、下から上へのコミュニケーションにおいても大切です。
部下が上司の優れているところ、感謝しているところを伝えたり、子どもが親に対して感謝の気持ちを伝えるような場面です。
そんな、「ゴマをする」ようなことはできないと思いますか?
「ゴマをする」とは、うまく接することによって自分にメリットのある人だけによく思われるような態度をとることです。
年齢や立場に関係なく、誰にでも尊重する態度をとれば「ゴマをする」ことにはならないのです。
まとめ
コミュニケーションは、相手本位のスタンスで、本音で付き合える気持ちのいい人間関係を築きたいものです。
『「落ち込みグセ」をなおす練習』