怒りは、どんな人にとってもなかなか抑えることのできない手ごわい強敵になります。
ほおっておくとトラブルに発展することも多いこの「怒り」という感情は、どうすればうまくコントロールできるのでしょう。
今回は、心理カウンセラーの下園壮太氏著書 『自衛隊メンタル教官が教えるイライラ・怒りをとる技術』 から、怒りが湧いたときの実践的な対処法についてご紹介します。
忙しい時に限って、職場や家庭でトラブルが発生してしまうことってありませんか。
そんな時に、内心イライラしたり、ムカッとしても、なるべく感情を抑えて、目の前のトラブルの解決を優先しようとします。
多くの場合、怒りを我慢したり、「怒ってはダメ」と自分に言い聞かせをしたりして、なんとか理性的に対処しようとするのです。
日常生活の中の小さなトラブルなら効果的ですし、現実の問題が解決されれば、やがて苦しさも消えていくでしょう。
問題は、「怒り」が非常に大きく発動する時です。
「怒り」の感情は、本人の心と体を簡単に乗っ取ります。
日ごろどんなにクールで冷静な態度を心がけている人でも、怒鳴ったり、机を叩いたり、相手を殴ったりすることがあるように、怒りの瞬発力は強烈です。
このような時は「我慢」も「言い聞かせ」も効きません。
我慢と言い聞かせで大きなトラブルに発展するのは避けられたとしても、強い怒りはいつまでもくすぶり続けます。
「絶対に許さない!」「私は何も悪くない!」と、怒りに乗っ取られた状態が長い時間続くのです。
そして、くすぶる感情は、問題の理性的な解決を妨げ、状況をかえって悪化させていくこともあるでしょう。
「怒り」という感情を対処するためには、まず「現実の対処と感情の対処は別物」だと理解することです。
現実の問題を解決したいなら、先に「怒り」という感情をケアすることです。
「感情を先にケアする」とは遠回りのようで、違和感を持たれるかもしれません。 でも実は、自然な人間の思考には合っています。 では、具体的には強い怒りを感じた時に、比較的多くの方に有効でシンプルな「味方工作」という方法をご紹介します。
相手とトラブルになり、思わずプチン!と、怒りが発生したときに、あなたが最初にするべきなのは、すぐに相手から距離をとることです。
その場を速やかに離れて、視界に入らない、声も聞こえない場所に移動します。
物理的に無理な場合は、スマホで動画を見る、好きなアイドルやペットのことを思い出す、呼吸に集中するなどして、イメージの中で距離をとるようにしましょう。
自分の座右の銘や人生訓を唱えるのも有効です。
このようにして感情のピークをなんとかやり過ごしたら、次のステップとして、さらに怒りをケアしていきます。
この段階で、効果的なやり方の一つが「味方工作」です。
平たくいうと、怒りを感じたら他の人に相手の悪口や愚痴を言う、ということです。
「え!そんなことは人としてダメでしょ」と、思う方もいらっしゃるかもしれません。
たしかに、世の中には「人の悪口を言ってはならない」「愚痴をこぼしてはならない」という価値観が根強いです。
誰かの悪口を耳にするのは快いものではないし、愚痴を言う自分に幻滅することもあります。
怒りのままに悪口を言いふらしていたら、回りまわって相手に伝わり、トラブルが悪化することもあるかもしれません。
だから、世の中には「悪口は言ってはならない」という強い戒めがベースにあるわけです。
でも、私たちにとって、怒りが発動したら相手の悪口を言いふらしたくなるというのは、ごく自然な心の動きです。
もしサービス窓口や店、または会社などで、何らかの不当な扱いを受けたら、私たちは「なんてひどい扱いだ!」と感じ、怒りの声をあげてクレームをつけることもあります。
ではなぜ、私たちは怒ると「悪口を言いたくなる」のでしょうか?
私たちが原始の人だった時代に戻って、「怒り」の感情の本質を考えてみましょう。
原始、狩りでしか食べ物を手に入れるすべのなかった時代、人はつねに飢えて、猛獣や他の部族との命の取り合いの中で生きてきました。
「怒り」とは、敵に威嚇して反撃するための本能です。
この感情が存在することで、自分よりも強いかもしれない敵に立ち向かい、生存競争に勝ち抜いてきたのです。
そして、戦いとは人数の勝負だとも言えます。
自分サイドについてくれる数が多いほど、勝って生き残る公算が高まるからです。
そこで「一人でも多く、早く味方につけたい」と考えます。
だから戦いの場で怒りが発動すると、「自分はいかに不当な攻撃をされたか」「相手はどんなに邪悪か」「次はどんなひどいことをしてきそうか」などを話し、広く同情を得て、自分の味方をたくさん募りたがるのです。
現代人の私たちにとっても、怒りの出来事があった時に「この無念さ、悔しさ、痛さをわかってほしい」と思い、多くの人に訴えたくなるのはごく自然なことで、決して恥ずべきことではありません。
本当に味方になってくれる人が現れると、高ぶっていた感情もスッと落ち着いてきます。
怒りとは心と体を戦闘モードにセットする感情なので、落ち着けば、心の武装解除も進みやすいのです。
友人にトラブルの顛末を聞いてもらったり、愚痴ったりする「味方工作」は、心に大変効果があります。
最近は「仕事帰りの一杯」などと言うと、若い世代などからは、昭和のサラリーマン的な悪習と揶揄されることもあるようです。
またコロナ禍においては、非常事態宣言が何度か続き、積極的にはできなくなってしまいました。
けれども怒りの感情のケアという観点からいうと、リラックスした雰囲気の中で、誰かに愚痴や悪口を聞いてもらうことは「味方工作」のひとつと言え、それなりの必要性と効果があるのではないでしょうか。
コロナが5類に分類され、外で飲む機会もこれから増えてくるかもしれませんが、現実的に「味方工作」をする際は、信頼できる口が固い人を厳選して、他の人の耳に入らない環境を確保しましょう。
ここでも原始の時代の視点になると、愚痴はストレスの発散になるとともに、自分の弱みをさらけ出すことにもなります。
うっかり相手を間違えると、こちらの弱みが敵に伝えられて、一気に状況が悪くなるかもしれません。
愚痴をこぼしたメンバーに、敵に通じるスパイが潜んでいる可能性もあります。
一般的に、人の悪口を言わないという戒めは、このあたりからの処世術でもあります。
陰口を言う時は、決して表に出ない信頼に足る相手を選ばないといけないのです。
そのために、日ごろから安心して愚痴を言い合える人間関係を築いておくのは、とても大切なことです。
ただ、本当に信頼できる人間関係は一朝一夕で構築されるものではありません。
難しい場合はプロのカウンセラーを利用するのも一つの手です。
カウンセリングスキルは優劣が大きくても、秘密を他言しないという守秘義務は、ほとんどのカウンセラーが守ってくれるでしょう。
一方で、怒りに任せてSNSに投稿をしたり、メールを送ったりして、味方工作をしたつもりが正反対の結果になることはよくあることです。
SNSへの投稿は、自分が怒りの原因を客観的に判断できるようになってからくれぐれも注意して行ってください。
まとめ
問題を解決したいなら、先に自分の怒りという感情をケアすることが大切です。
その上で問題に対応したほうが、より理性的な解決という正解に向かいやすくなります。
職場や家庭のなかで、日ごろから「人の悪口を言ってはダメ」「愚痴を言ってはならない」と強く思っている人ほど、ぜひ、まずは自分の感情をケアするという観点を優先してみてください。
『自衛隊メンタル教官が教えるイライラ・怒りをとる技術』