中には、一瞬で自己肯定感が高まる方法があるとして、自己暗示をかける方法をを教えるものまであるのだとか。
しかし、本当にそれだけで自己肯定感が高まるのでしょうか。
今回は、自己肯定感が本当はどのようにして高まっていくのかについて考えてみたいと思います。
自己肯定感を高めるために、そのコツを伝授する類いの本が書店にたくさん並んでいます。
この類いの本が頻繁に出版され、店頭に並んでいるということは、それだけ需要があるわけです。
それは、自己肯定感を何としても高めないといけないと思い込まされていること、さらには自分は自己肯定感が低いので何とかしないとまずいと考えている人が多いことを意味します。
その類いのノウハウの中には、「自分はできる」「自分はすごい」「今のままの自分で十分だ」と自己暗示をかけようというようなものもあります。
自己肯定できるように自己暗示をかけようというわけなのです。
確かに一時的には自己暗示も有効かもしれません。
しかし自己暗示で高められた自己肯定感というのは、上辺だけの張り子にすぎず、何の経験の裏付けもない自己肯定感は、そう長続きしませんし、いざというときに力になってはくれないでしょう。
本当の逆境にぶち当たったときには、すぐに崩れてしまうような脆い自己肯定感だと言わざるを得ないのです。
あくまでも自己肯定感というのは経験に裏打ちされたもので、自然に身に付いていき、小手先のテクニックで手に入るようなものではありません。
では、どうしたらいいのでしょうか。
自己暗示に近いものとして、「成功を思い描けばうまくいく」というようなポジティブ思考を推奨するメッセージも世の中には氾濫しています。
誰もが成功したいわけですし、成功を思い描くことでうまくいくなら、みんなうまくいくはずです。
でも実際には、いくら成功を思い描いたところでうまくいかないことのほうが圧倒的に多いのです。
心理学者のエッティンゲンは、成功を思い描くことの効果を検討するために、減量プログラムに参加している肥満女性を対象とした実験を行っています。
プログラム開始前に、何キロ痩せたいか、成功する可能性はどのくらいあるかを尋ね、そのあと短いシナリオを与え、それを完成してもらうのです。
減量プログラムを無事終えたところを想像してもらうシナリオもあれば、ダイエットのルールを破るように誘惑されるシナリオもあります。
たとえば、「皿に盛られたドーナツを見つけるところを想像する」というようなシナリオです。 その際、自分の空想が、どれくらいポジティブ(またはネガティブ)なものであるかを評価してもらいました。
そして、1年後に減っていた体重を調べてみると、とても興味深いことが分かりました。
痩せることについて強いポジティブな想像(友人と出かけるスリムで魅力的な自分、ドーナツのそばを顔色ひとつ変えずに通りすぎる自分を思い描くような想像です)をした人たちの方が、ついドーナツを食べてしまうといったネガティブな自分を想像した人たちより、減った体重が11キロも少なかったのです。
このような結果を元に、エッティンゲンは、目標達成を夢見ることは、目標の達成の助けになるどころか、むしろそれを阻害する、ダイエットに成功した自分の姿をうっとり夢見た人たちは、現実には減量のために行動する気力があまり湧かなかった結論づけています。
強いポジティブな想像で成功を思い描いた安心感で気が緩み、実際のモチベーションが下がるといったネガティブな効果になる可能性が高く、うまくいくかどうか不安な気持ちでいるほうが努力できるということは、多くの方が経験しているのではないでしょうか。
あなたの周囲にいる、いかにも自信満々に振る舞う人に嫌な思いをさせられた経験のある方もいるのではないでしょうか。
実際、ポジティブな気分のときよりネガティブな気分のときの方が、対人場面で用心深くなり、相手の気持ちを配慮し、礼儀正しく丁寧に関わるため、対人関係がうまく行きやすいということも心理学の実験で証明されています。
さらには、不安が相手の気持ちに対する共感能力と関係しているということも分かっています。
つまり、不安の強い人の方が人の気持ちがよく分かるのです。
心理学者チビ=エルハナニ(Tibi-Elhanany)たちは、対人不安と共感能力の関係を検討する調査と実験を行っています。
対人不安というのは、人に対して気をつかいすぎて疲れてしまうような心理傾向を指します。
その結果、対人不安の弱い人より強い人の方が、他者の気持ちに対する共感性が高く、相手の表情からその内面を推測する能力も高いことが証明されたのです。
不安が強いということは、用心深さに通じます。
その用心深さが、対人場面で相手の心理状態に注意を払うといった心理傾向につながるため、相手の気持ちがよく分かり適切な対応ができるというわけです。
それに対して、不安があまりないと用心深くならず、対人場面でも相手の心理状態に注意を払いにくくなるため、相手の気持ちに関係なく自分の都合で一方的に関わることになりやすくなります。
たとえば、不安の強い人は言葉を発する前に
「こんなことを言ったら、感じが悪いかも」
「こういう言い方は、気分を害するかもしれない」
「傷付けるようなことを言わないようにしないと」
「う誤解されないように、言い方に気を付けないと」
などと考え、言葉を慎重に選び、言い方にも気をつかうものです。
それに対して、あまり不安のない人は、相手がどう受け止めるか、どんな気持ちになるかなどを気にせずに、思うことをストレートにぶつけたり、無神経な言動をしてしまう可能性が高いため、相手の気分を害したり、傷つけたりして、人間関係をこじらせてしまいがちになります。
「不安な方が対人関係がうまくいく」ということの背後には、このような心理メカニズムが働いているのです。
最近の研究では、私たちの持つ心理的性質には遺伝要因が強く関係していることが分かってきています。
何かとクヨクヨ気に病みがちな神経症傾向には、遺伝要因が強く関係していることが、双生児を用いた行動遺伝学的研究により明らかにされていますし、遺伝子に関する研究では、神経症傾向と神経伝達物質セロトニンのトランスポーター遺伝子との間に関連があることが、精神医学者レッシュたちの研究により示唆されています。
そして、日本人には、不安傾向の強さと関連するとみなされるセロトニントランスポーター遺伝子の配列タイプを持つ人が非常に多いことも分かっています。
反対に、日本人には、目新しさを求める傾向と関連するとされるドーパミン受容体遺伝子の配列を持つ人がほとんどいないことも分かっているのです。
日本人の不安傾向をネガティブな意味で指摘する声もありますが、不安になることがそのまま悪いことではないのです。
日本人の不安が強く人に気をつかう心理傾向が、争いごとが少なく人間関係を大切にし、治安の良い社会をもたらしているともいえるのではないでしょうか。
私たちが生きているこの日本社会の信頼性が、じつは日本人特有の不安の強さによって支えられているといった面があることを知っておくことが大切です。
そして、このような日本人としての特性を生かすことを意識すべきではないでしょうか。
今の自分をなかなか肯定できず、満足できず、まだまだ足りないところがあると考えがちな私たち日本人は、国際比較調査などで自己肯定感を測定すると、不安がなく楽観的で自分を押し出す文化を持つ国々の人たちと比べて、低くなるのも当然です。
しかし、そうした特性の長所を自覚し、自分を肯定しきれず、不安になりがちな特性を逆に活かすことによって、人間関係が良好になり、仕事での失敗もしなくなっていけば、徐々に自己肯定感が高まっていくはずです。
自己肯定感というのは、自己暗示などの小手先のテクニックで高まるものではありません。
無理矢理高めた自己肯定感など、すぐにメッキがはげてしまうからです。
大事なのは、自己肯定感を上げること自体を気にせず、自信がもてず不安がちな自分の特性こそを活かすことです。
そうしているうちに、いつの間にか自然に自己肯定感は適度に高まっていくものなのです。
自己肯定感を高めたいなら、自己肯定感のことなど忘れて、目の前の仕事や人間関係に没頭すべきです。
そして、不安がちな自分を否定せず、特性を自覚し、そこを活かせるように心がけましょう。
まとめ
ならば、無理して不安が強く自己肯定感を持ちにくい自分を変えようとするのではなく、元々の素質を活かすことを考えた方がいいですよね。
日本人の仕事の堅実さは、不安の強さがもたらしているといってもいいでしょう。
日本製品の信頼性の高さ、日本の電車の比類ない運行時間の正確さなどは、まさに「不安が強い」という特性によってもたらされているのではないでしょうか。