しかしそれは果たして真実でしょうか。
そもそも会社に雇われなければ、仕事はないのかというとそうではないようです。
作家の有川真由美氏は「仕事がないと感じるのは、若者と同じ土俵で仕事を奪い合っているから」と指摘します。
今回は、同氏の新刊『50歳から花開く人、50歳で止まる人』から「会社優先の生き方」よりも「自分優先の生き方」にシフトするための考え方をお伝えしていきたいと思います。
有川氏が車いすのお母さまを転院させるために、病院に介護タクシーをお願いしたところ、そこにやってきた70代の運転手の仕事ぶりがすばらしかったそうです。
お母さまに「寒くありませんか」と洗濯したての毛布をかけてくれ、和ませる会話をしてくれ、車への移動も、高速道路の運転も、振動が少ないように丁寧に行い、車のなかも患者が快適に過ごせるよう、さまざまな工夫が施されていたのだとか。
さらに、介護タクシーの車両は、ご自分で改造してつくったものなのです。
有川氏が「さすがプロのお仕事ですね。ずっとこの仕事をされてきたんですか?」と聞くと、運転手さんは、「いえいえ、数年前に親の介護のために地元に帰ってきてからです。市立病院に送迎をしているうちに病院のスタッフとも話すようになり、ある日、事務長に『手伝ってくれませんか』と頼まれたんです。もともと普通自動車二種免許はもっていたんですが、それから介護職員初任者研修を受けました。いまでは、あちこちの病院から声がかかって、1日500キロ運転することもあるんですよ」と答えられたとか。
おそらく声をかけられた事務長はだれにでもそうしているのではなく、運転手さんの介助の様子や会話から「この人なら手伝ってほしい……」と考えられたのでしょう。
この運転手さん、数年前までは関西で重機を貸し出す会社の社長をされており、さまざまな重機を扱うために20以上の資格を取得。一代で会社を拡大したものの、資産は妻と子に譲り、離婚して身ひとつで故郷に帰ってきたそうです。
目に見える資産はなくなっても、その人のなかにある仕事への姿勢や考え方、スキルといった資産はなくなりません。
わかる人には、ちょっと話しただけでも「この人ならできる」「この人にはむずかしいだろう」といったことはわかるものなのです。
「年をとると、仕事がなくなる」という声はよく聞かれます。
しかしそれは、若い人と同じ土俵で仕事を奪い合っているからです。
実際に転職活動をしたことのある人は、50歳どころか、30歳以降は、特別なスキルや資格でもないかぎり、再就職がむずかしいことを実感するはずです。
一般的な求人枠に、自分を当てはめようとすると、「スキルがない」「経験がない」「資格がない」「若くない」「考え方が柔軟でない」「体力がない」など足りないものばかりが見えてきて、年をとるほど仕事は先細りになるでしょう。
いま、会社で働いていても、あくまでも会社が求める人材であろうとすると、「〇〇ができていない」「実績が足りない」「リーダーシップがない」など、足りないものを埋めようと必死にがんばることになります。
「会社優先の生き方」から「自分優先の生き方」にシフトするためには、まったく逆の発想が必要です。
「足りないもの」ではなく、「すでにあるもの」に目を向けることから始まります。
仕事の資格や経験など明確なものだけでなく、ものを見る目やコミュニケーション力、問題解決力など、本人も自覚していないことが、実は大事な資産となって自身に培われているのです。
「人と話すのが好き」「センスがいいと言われる」「環境問題に興味がある」など、好きや得意、好奇心は最大の資産ですし、エネルギーのもとになります。
そんな自分のなかにすでにある資産を総動員して、仕事はできていきます。
「老い」も、大切な資産になるのです。
健康食品の通販番組には、80代のボディビルダー、90代のジムインストラクターなどがよく出てきます。
彼らは80代、90代だから賞賛され、ニーズがあるわけです。
有川氏のお知り合いにも、50代でヨガを始めて、60代でインストラクターになった女性がいて、老いの体に精通しているため、中高年に合ったヨガを教えてくれると大人気なのだそうです。
中高年は、だれでもできるような仕事を奪い合っている場合ではありません。
50代、60代、70代……と、その年代なりの戦い方があるのです。
若者でも中高年でも「ひとつの会社で定年まで働くのがベスト」という考えから、人生設計を立てている人が多いようです。
転職は容易なことではなく、1つの会社に長年勤めたほうが、経済的にも立場的にもメリットはあるかもしれません。
しかし、現実的にひとつの会社だけで一生を終える人は年々少なくなっています。
働く側に問題がなくても、会社の倒産やリストラ、人間関係のトラブルなどで会社を去ることは往々にしてあることなのです。
転職する場合に、「これまで事務職しかしたことがないから」「〇〇の資格をもっているから」と、ひとつの職種だけにこだわると、これまでの職場で通用していたスキルが、ほかの場所では使い物にならないこともあります。
もちろん、ひとつの会社に長くいるからこそ、キャリアを築けたり、自分のやりたいことを実現できている場合もあります。
これまでのキャリアが会社内外で評価されているのであれば、転職や定年のときに声をかけられることも多いでしょう。
ぜひ「これしかできることがない」という消極的な考えに囚われて心をくすぶらせることなく、ほかの選択肢も考えていただきたいのです。
高校や大学を卒業して、ほとんど社会経験のないまま選んだ会社を「一生の仕事」とするのは、そもそも無理があります。
たとえるなら、20歳そこそこで選んだ服を、一生着ているようなもの。
なかには、それが一生ものになっていく幸運な方もいますが、年齢と共に「だんだん合わなくなってきた」「ほかにも選択肢があるんじゃないか」と疑問を抱くのも当然のことだと思います。
仕事というのは偶然のめぐり合わせのようなもので、やってみないとわからないもの。
向き不向きや、時代に合っているのか、やり続けられるかというのは、年齢とともに変わってくることもあります。
生活のために会社を辞められなかった人も、50歳以降、昔からやりたかった仕事に挑戦してみたり、これまでの仕事経験を土台に独立したり、まったく新しい環境で始めたりすることもできます。
有川氏がよく行かれるブックカフェのご夫婦は、60代で移住して店を開いたのだそうです。
ご主人は元編集者、奥様はいまも短大で古典を教えていて、夫婦のもとには、子どもから90代の方まで多くの人がやってきます。
ご夫婦と本の話をするのが楽しくてたまらないし、その明るく元気な姿に刺激をもらえるのだとか。
子どもが独立したあと、ものものその前身である会員制の文学サロンを開こうとしたのは奥様のほうでした。
しかしいまではご主人がデザートをつくったり、講座やイベントを主催したりして、じつに伸び伸びと楽しそうに仕事をしているそうです。
このように、これまでやってきたことを武器に、形を変えていくこともできます。
50歳からは未来に「どれだけの結果や報酬が得られるか」より、いま「どれだけ充足した時間や心の満足が得られるか」のほうが大事になってきます。
ほんとうの安定とは、変わらないことではなく、変化しながら、柔軟にバランスを保つことではないでしょうか。
自分の気持ちや状態も、まわりの環境も、時間とともに移り変わっていくものなのです。
まとめ
「辞めても、この道がある」「いつかこんな仕事をしたい」などいくつかの選択肢をもっておくだけでも心強いものです。
「年をとると、仕事がない」のではなく「会社優先の生き方」から「自分優先の生き方」にシフトしていくことが大切なようです。
『50歳から花開く人、50歳で止まる人』