精神科医として30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている和田秀樹氏は
「『認知症かもしれないから、お医者さんに診てもらったら?』というのは、かなり下手な言い方です。あえて『認知症』という言葉を使う必要はありません」
といわれるのですが――。
今回は、和田秀樹氏著書『『ぼけの壁』(幻冬舎新書)』から『認知症』という言葉を使わずに、上手に親を病院に連れていく方法をご紹介します。
認知症介護の最も大切なところは、本人が今までどおりに、いろいろなことを「続けられる」ようにサポートすることに尽きます。
逆に、「もう、ボケたのだから、仕方がない……」と、いろいろなことをやめさせるのは、最悪の対応です。
仕事をはじめ、家事、車の運転、お稽古ごとなどをやめさせたり、財布や通帳を取り上げたりすると、認知症はみるみる進んでいきます。
また、親を家に閉じ込めてはいけません。
自由に外に出ていれば、いろいろな人とのコミュニケーションの機会があり、それが認知症の進行を遅らせることにつながります。
たとえば、お稽古ごとの教室に通っている場合は、教室の先生と相談しながら、行けなくなる日まで通わせることです。 「危ないから」「迷惑をかけそうだから」とやめさせると、認知症の進行が速くなります。
私は、認知症の進行を遅らせるには、3つのことが必要だと考えています。
それは、「人との交流」「適度な運動」「趣味」の3つです。
その一方、認知症の進行を加速させる3つの悪しき生活習慣もあります。
「引きこもり」「運動不足」「無趣味」の3つです。
家族が患者を家に閉じ込めると、これらのマイナス要因が、まるでポーカーのスリーカードのようにそろってしまうのです。
では、家族が「もしかして認知症?」と思ったら何をすればいいのでしょうか?
家族のいちばん大きな仕事は、認知症と診断される前にあります。
本人の様子から「認知症ではないか」と見抜き、たとえ親が嫌がっても、いろいろと調べた上で、信頼できると思える病院まで連れていくことです。
本人の状態に疑いをいだき、病院まで連れていけるのは、家族だけです。
「認知症である」という診断は、プロの医師にも難しいのですが、「認知症ではない」という判断は、一般の人にもできます。
逆にいうと、「認知症ではないと、言いきれない」と感じたときが、医師へ相談するタイミングなのです。
では、どのようなときに、病院に連れていけばいいのでしょうか。
次のような症状が出たときには注意してください。
同居していれば、いろいろと気づきやすいでしょうから、ここでは、主に親と離れて暮らしている場合に注意したい点を中心に、お話しします。
大きく分けて、そのポイントは次の2つです。
ポイント1 家の中の様子に変化はあるか
まず、実家に帰省したとき、家の中が次のような様子になっているときは要注意です。
・家の中が汚くなった
・家の中から異臭がする
・郵便受けに配達物がたまっている
とりわけ、掃除好きだったはずの母親が、まったく掃除をしていないような様子のときは、認知症か、あるいは「老人性うつ病」が疑われます。
ポイント2 身だしなみの乱れ
一方、身だしなみが乱れているときも、認知症、あるいは老人性うつ病が疑われます。たとえば、
・以前はおしゃれだったのに、いつも同じものを着ている
・季節に合った服装をしていない
・清潔さに無頓着になっている
というような状態です。
また、買い物の様子からも、認知症の進行具合を読み取ることができます。
まず、同じものを何度も買ってきているようなら、要注意です。
その場合、「同じものを買ってきちゃった」と本人が反省していれば、ただのもの忘れですが、「誰がこんなにパンを買ってきたの?」と自分で買ってきたことさえ忘れているようなら、認知症の疑いが濃厚です。
また、冷蔵庫を見て、「必要のないものまで入っている」ときや、「冷蔵庫内の食品に、賞味期限切れのものが増えている」場合も、要注意です。
そのほかには、以下のような様子が見られるとき、認知症が疑われます。
・外出しなくなり、ボーッとしていることが増えた
・曜日の感覚がない
・料理のレパートリーが減った
・水道の水を出しっぱなしにしてしまう
といった症状です。
また、「財布が小銭でぱんぱんになっている」ときも要注意です。
これは認知症の人によくみられる症状で、お金の計算に自信がなくなっているので、とりあえず1000円札を出してお釣りをもらうため、財布が小銭でふくらんでしまうのです。
また、上記のような行動を、本人が「自覚」しているかどうかも、重要なポイントです。
本人が自覚的にライフスタイルを変化させようとしているのであれば、心配の必要はありませんが、本人が気づいていなかったり、否定したりする場合には、医師に相談したほうがいいでしょう。
とはいえ、認知症が疑われる人を病院まで連れていくのは、なかなか大変です。
本人は「自分はいたって正常」と思っていることが多いのですから。
そんなとき、「ボケたんだから、一度病院で診てもらうわよ」というのは、最悪のものの言い方です。
「何いうのよ。ボケてなんかいないわよ」と強く反発されるのがオチでしょう。
「最近、調子おかしいでしょう。認知症かもしれないから、お医者さんに診てもらったら?」というのも、かなり下手な言い方になります。
あえて「認知症」という言葉を使う必要はありません。
ここは「予防のため」というのが、うまい言い方です。
「もの忘れの予防のため、一度検診に行きましょう」といえば、本人も「そうね。迷惑はかけたくないものね」と素直に受け止めやすいのです。
「一度、お医者さんに診てもらったら?」と告げたあと、「(私が)安心したいので」と付け加えるのもいいでしょう。
「家族を安心させる」という「大義名分」ができると、すんなり足を運んでくれることも多いのです。
また、不安傾向のある人には、「私も一緒に行くから」と付け加えると、不安を取り除くことができます。
パートナーを病院に連れていきたいときはこんな方法もあります。
たとえば、夫が認知症と思われる場合、妻が「私、最近もの忘れがひどいので、病院に付き合ってくれない?」というのです。
そして病院に着いたら、「一人じゃ心細いから、一緒に診察を受けてくれない」と夫にも受診をうながすのです。
では、そのようにして、医者に連れていくとき「何科」を受診すればいいのでしょうか?
近くに、もの忘れ外来、老年科、精神科、脳神経外科、神経内科、高齢者専門病院などがある場合は、それらの病院で、専門医の診察を受ければいいでしょう。
一方ない場合は、高齢者の場合、遠くの専門病院まで通うのは大変なので、まずは地域医療に熱心な開業医の先生に相談してみるのが、現実的な選択になります。
専門医でなくても、「認知症の疑いがある」かどうかは判断できます。
その医師が、認知症の疑いが濃いとみれば、信用できる「もの忘れ外来」や老年科、神経内科などをすすめてくれるはずです。
まとめ
小さな変化を見逃さずに、早期に発見することで理解力や判断力が保たれるので、治療と仕事を両立することや、今後の人生を再設計する時間も作ることができます。
日常生活での買い物の仕方や財布の状態に変化があり、もしかしたら…と思ったら、ぜひ早期受診・早期診断されることをおすすめします。
『ぼけの壁』(幻冬舎新書)