今回は、ラジオDJとして25年、第一線で活躍し続ける秀島史香さんだからこそ見つけられた、誰でも再現できる「人が聞き入ってしまう会話のレシピ」を一冊に詰め込んだ『なぜか聴きたくなる人の話し方』から、相手も自分も嫌な気持ちにさせない、「聞きづらい質問をするときの作法」をご紹介します。
インタビュアーの仕事をしていると、相手にとって、きっと答えづらいだろうな、話したくないだろうな、という質問をしなければいけない場面があります。
私の場合、それは番組からの要望であったり、リスナーの期待に応えるためだったり、理由はさまざまありますが、それは避けて通れないことなんですね。
ただ、どんな理由であっても、「これを聞きたい!」というのは、あくまでこちら側の都合、ということは忘れないようにしています。
相手に大きな負担をかけるという前提で、なぜそれを聞かなければならないのか、理由をきちんと説明できるようにしておきたいと思っています。
そして、自分自身もその質問の必要性について納得しておくのは、最低限のマナーです。
インタビューの現場を体験してきて、「答えづらい質問」は大きく2種類あると思うんです。
ひとつは、あまりにもテーマが漠然としていて言語化しづらい質問。
例えばミュージシャンをお迎えした際、「あなたにとって、音楽とは、なんですか?」と聞いても、答えはなかなかすぐには返ってきません。
「えーっとちょっと待ってくださいね」と、その人なりのこれぞという一言を探すために、脳みそをフル回転させながら、言葉に詰まってしまわれます。
こういった概念的な大きな質問に、相手がすぐに答えられないのは当然です。
まずは、ことらはあえてしゃべらずに、笑顔で「難しいですよね、ゆっくり考えてくださいね」という姿勢で、相手が口を開くのをゆったり待ちます。
でも、明らかに答えに窮している様子だったら、予想が外れる覚悟で選択肢や具体例をこちらから投げかけてみます。
「自分を励ましてくれるもの、とか?」
「ワクワクさせてくれるもの? 例えば、恋人のような?」
すると、それが足がかりになって、相手が「あぁー、そういうのではなくて、でも……」とか、「どちらかというと、そばにいてくれる親友?のような存在かな。小さい頃から、寂しくても歌だけはそばにあって……」などと、それに似ている、それとは違う、といった判断をすることから、自分の思いを言葉にしやすくなっていきます。
2017年に安室奈美恵さんが引退を発表されたあと、NHKの『安室奈美恵 告白』という番組で、インタビュアーを担当したときのことです。
スタジオには、真っ白なソファに背筋をピンと伸ばして座る安室さん。
私はカメラの横に座り、これまでの活動をまとめたVTRをモニターで一緒に見ながら、お話を聞いていく、という流れ。
核となる質問は用意しながら、返ってきた答えに関して「もっと知りたい」と感じた点はその場でさらに掘り下げていきます。
安室さんがアーティストとしての方向性に悩み、そこから抜け出すまでの心情をうかがったときのこと。
さまざまなアーティストとのコラボレーションで刺激を受け、自分の好きなもの、原点を思い出すきっかけをつかめたと語ってくれました。
「いろいろと考えすぎてしまっていて……今の自分を楽しんで、好きなことを好きだと、いいと思うことを胸を張って楽しまないと、いいものは作れないな、と思ったんです。迷いやプレッシャーは、全部どこかに消えていきました。そこからは、曲の表現方法も、衣装も、ダンスも、スパッと決まっていったんです」
それまでは穏やかな口調でしたが、この話題になると、表情も明るくなり声にも熱がこもってきました。これはさらに深く知りたい。
そのときのイメージをこんな例えで聞いてみました。
「新たなドアが開いちゃったっていう?」
「はい、開けられましたね」
安室さんの様子をうかがいながら、さらに頭に浮かんだこんなイメージを言葉にしてみます。
「それは、自分で真っ暗な中、探しに行って、開けに行ったドア、なんですよね?」
「いや、開けに行ったドアはことごとくハズレだったんですよ」
こちらが出した例えに相手が「いえ、それは違うんです」と返してきても、ひるまないでください。
これはいいお話が聞ける予兆。
こんなときこそ、こちらは前のめりで「え、それはどういうことですか?」という表情で「全身で聞いています」と相手を待ちます。
安室さんは、このように返してくれました。
「そうか、楽しむことを忘れてた!と気づいたときに、フワッと明るくなって、ドアがポーンと目の前に現れたんです。それをスーッと鍵なしで開けられた感じ。そうして次のステージに行けたんです」
「好き」の原点に立ち戻ったときを振り返る豊かな表現に魅せられましたし、何より、安室さんがこれまで秘めていた思いを言葉にしてくれたことに、胸が熱くなりました。
ちなみにこの日は、これまで語られることのなかった、引退についての胸の内、息子さんとのプライベートなお話など、現場で自然発生的に飛び出した質問にも、即答であったり、しばし考え込んだり、時折はにかみながらも、一言一言丁寧に答えてくださいました。
こちらの問いに対して、ご自身の言葉を大切に選び、尽くしながら思いを伝えてくださった安室さん。
予定時間を大幅にオーバーした2時間あまりの収録。
その真面目で誠実なお人柄と、揺るがない強さ、決意のようなものを感じたインタビューでした。
さて、もうひとつの「答えづらい質問」は、相手にとってふれられたくないことについてです。
例えば、家族のこと、つらい過去や失敗など。
プライベートやネガティブな出来事がそれにあたります。
このような質問をせざるを得ない状況で私が大切にしているのは、相手にとって一番無理のないタイミングを選ぶこと。
「今日は、この件について聞かなきゃ。つらいな」と感じていると、その緊張感から解放されたいがために先に聞いてしまおう、という誘惑にかられることがあります。
その結果、序盤から気まずい雰囲気をつくってしまい、ずっと針のむしろに。
逆に、「最後にしよう」と先送りしてしまう人もいるでしょう。
すると今度は時間が足りなくなって、とってつけたようになったり、結局言い出せずに終わったり……。
「答えづらい質問」は、切り出すタイミングが大事。
最初にお伝えしたように、それを聞くのはこちらの都合でしかありません。
自分本位な聞き方をすると、出だしからつまずいてしまいます。
インタビューが始まるやいなや、早速デリケートな質問をぶつけられた相手の身になってみてください。
「この人、今日一番聞きたかったのは、結局これなのか」と、あなたに、そしてその現場全体に不信感を抱き、最初からガードが一気に堅くなります。
そもそもクッションもなく唐突に難しい質問をされたら答えに困りますよね……。
相手が答えづらい質問は、場の空気があたたまってきて、お互いの距離が近づいてきたな、と感じるときまでしっかりおさめておきましょう。
具体的には、緊張がほどけて軽いひと笑いが起きたあとや、笑ったあとふと話が途切れたときなど、場の空気が緩んだ瞬間です。
柔らかい雰囲気になっていれば、こちらも聞きやすいですし、相手も答えやすくなります。
そしてその際、さらに大切なのは、追い込んでしまうのではなく相手にとってフェアな場であると伝えること。
つまり相手にとって「そのことはちょっと……」と言いやすい状況をつくることです。
あくまでも「お聞きしたいのは、こちらの都合」ですし「お答えくださるかどうかは、どうぞあなたが決めてください」というスタンスを相手にしっかり伝えるようにします。
<答えづらいことかもしれないので、ノーコメントでももちろん構いません>
<こんなことをお聞きするのは失礼だと承知しているんですけれど、この機会に教えていただきたくて……>
<お聞きしていいのか迷ったんですけれども、あたたかいお人柄にふれて……ここは思い切って、おうかがいしてもよろしいでしょうか>
このように、「今のあなたの気持ち第一で」というこちらの気持ちは、言葉で伝えることができます。
必要以上に相手を身構えさせず、敬意を払っていることが伝われば、どんな反応が返ってこようが、それがその人の今の気持ちを語る「答え」になります。
こちらの質問に相手が真摯に答えてくれたら、丁寧にお礼の言葉を伝えることを忘れないようにします。
そして、お話ししてもらえなかったとしても、やはりお礼。
「お答えづらいことは重々承知でおうかがいしたので……、こちらこそ不躾ですみません」と大袈裟にならないように伝えれば、相手も罪悪感を持ったり、気まずさを感じたりせずにすみます。
基本スタンスは「深追いせずに、聞けたら聞こう」と心に余裕をつくっておくこと。
準備してきた「聞かなきゃリスト」は、相手を前にしたらいったん手放します。
すると、必要以上に気負わず、「今、あの質問をしたら、どんな気持ちになるかな?」と質問を受ける相手の立場も想像しやすくなり、切り出すタイミングが見えてきます。
私自身、「気づいたらこんな話までしてしまった、しかも楽しく!」と感じる聞き上手さんは、「この人なら大丈夫」と思わせる信頼感、どんな答えでも受け止めてくれるやさしさ、おおらかさを持っています。
普段話せないことも気持ちよく話してしまう「空気づくり」にふれたあとは、「素敵な人だったなぁ」としっかり記憶に残り、「またお会いしていろいろ話をしたいな」と、大好きになってしまうんですよね。
まとめ
DJ・インタビュアーという仕事上、そういった場面を数多く経験されてきた秀島史香さんだからこそ会得された、相手を第一に考え、質問して追い込むのではなくフェアに、聞いているのはあくまでこちらの都合なので、ということを相手にわかってもらい、答えてもらっても答えてもらえなくても真摯に感謝してお礼を述べる、そういった態度だからこそついついお話が盛り上がる。
人間同士の信頼関係なのだと感じました。
『なぜか聴きたくなる人の話し方』