認知症という病気が身近なものになる一方、患者の周囲の方は不可解な言動が理解できずに悩み、介護者による虐待事件につながってしまう場合もあります。
理学療法士で熊本県認知症予防プログラム開発者の川畑智氏は、「認知症の人が見ている世界を想像することで、お互いの心理的負担が軽減される」と言います。
今回は川畑智氏著『マンガでわかる!認知症の人が見ている世界』から認知症の方が見ている世界とそうでない方との違いをご紹介します。
認知症で最も多いのが、アルツハイマー型認知症です。
アルツハイマー型認知症は、まず、脳の「海馬」という領域の萎縮から始まります。
海馬とは、脳に入ってきた情報を一時的に保持して、必要な情報を取捨選択する部位です。
海馬が萎縮すると短期記憶が苦手になって、もの忘れが増えたりもの覚えが悪くなったりします。
短期記憶に障害が起こると、同じことをくり返し言ったり聞いたりすることが多くなります。
本人は、なかなか覚えられなかったり、すぐに忘れたりしてしまうので、「あのことは聞いただろうか」「あの話はしただろうか」といつも不安な気持ちでいます。
その不安な気持ちを払拭するために、家族や周囲の人に確認せずにはいられないのです。
中には、予定や検査結果など覚えておくべき情報をまとめたメモが、まるで辞書のように分厚くなっている方もいます。
つまり、認知症の方が何度も同じことを言ったり聞いたりするのは、短期記憶の障害が本当の原因ではなく、「ちゃんと覚えていたい」「周囲に迷惑をかけたくない」という、人として当然の気持ちの表れからなのです。
認知症の方は、そうでない方たち以上に記憶することを努力しています。
忘れてしまうことが不安で、いつも「記憶しなければならない」と意識しているのです。
そのためにいらない情報まで覚えようとして、頭がいっぱいになることも少なくありません。
認知症でない方は、あまり意識することなく必要な情報は覚えられ、聞かれれば思い出すことができるので、記憶することにさほど苦労せず、不便や苦手もありません。
なので、忙しい時や心に余裕がない時に、何度も同じことを繰り返し聞かれたりすると「何度言ったらわかるの?」「この前、言ったじゃない」という対応をしてしまいがちです。
認知症の世界では、本人が短期記憶の障害でいつも不安を抱えています。
その不安を増加させるのではなく、寄り添うことを忘れないでください。
何度も同じ話をされた場合も、丁寧にもう一度同じ話を聞けば本人は安心するかもしれません。
同じことを聞かれても、「私が覚えておくから大丈夫よ」といえば、本人の安心につながることも考えられます。
ご自身やご家族に高齢者の方がおられる場合、短期記憶障害の症状が出ていないかどうかが気になるかもしれません。
ここでは、短期記憶障害の有無を判断するセルフチェックについてご紹介します。
・自分が今いるところがどこだかわからないことがある
・自分が今何をしているのかわからなくなることがある
・自分が最近したこと、体験したことの記憶が曖昧である
・慢性的なストレスや疲労がある
・色々な名称(人・もの・場所)をとっさに思い出せない
・ちょっと前に言われたことを忘れることがある
・待ち合わせの時間に遅れてしまうことが多い
・新しいことが覚えられない
・頼まれたことを忘れてしまう
・一度に複数のことを覚えられない
以上の項目に当てはまるものが多い場合は、短期記憶障害が疑われます。
思い当たる場合は、早めに物忘れ外来など医療機関を受診し、専門的に検査してもらうことをおすすめします。
セルフチェックの結果に問題がなかった方でも、短期記憶障害の対策として効果が見られることを4つご紹介したいと思います。
1.運動
運動は、本人も楽しみながらできる対策の一つです。
脳と身体を同時に使うため、脳への刺激が大きいです。
運動により分泌される成分によって、記憶障害の症状を抑えることも期待できます。
2.食事
食事は、記憶障害に大きな影響を及ぼします。
症状の緩和やその他の病気を併発させないためにも、脳に欠かせない栄養素を含んだ食事(ブレインフード)をバランスよく摂取することが大切です。
ブレインフードを摂取することで体内にさまざまな形で効果をもたらし、その結果、脳の健康状態を維持することが期待されます。
主なブレインフード
●青魚
サバ・イワシ・サケ・カツオ・サンマなどといった青魚には、オメガ3系脂肪酸のDHAやEPAが多く含まれています。
DHAやEPAは脳と神経細胞の構築に使われ、学習力や記憶力の維持に必要な栄養素です。認知症の予防に役立つともいわれています。
●貝類
カキ・ホタテ・アサリなどの貝類は、脳の健康を維持するために重要な亜鉛が豊富です。
亜鉛は神経が働くのに欠かせない栄養素で、たんぱく質の生産や脳細胞の成長を担っています。
記憶に深い関係のある海馬に多く存在し、記憶の形成や感覚伝達など脳機能を調整する役割があります。
●ナッツ類
くるみやアーモンドなどのナッツ類には抗酸化作用のあるビタミンEが豊富に含まれ、脳の老化防止や脳の働きを維持する効果が知られています。
特にくるみには、体内でDHAに変化するαリノレン酸が多く含まれているため、脳の神経細胞を活性化させる働きがあります。
●ベリー類
ブルーベリーやいちご、ブラックベリーといったベリー類には、抗酸化物質が豊富に含まれています。
脳の疲労感を軽減する効果や記憶力の低下を予防する働きがあり、集中力や判断力などを上げるともいわれています。
●アマニ油、オリーブオイル
アマニ油には細胞の若返りを助ける効果もあるビタミンEやDHA、EPAなどのオメガ3系脂肪酸を多く含んでいます。
また、オリーブオイルにもビタミンEや、動脈硬化を抑制する作用のあるポリフェノールが豊富に含まれており、オレオカンタールという成分に認知症予防の効果が期待されていることから、注目が集まっています。
●卵
卵の黄身にはDHAやEPAなどのオメガ3系脂肪酸と、情報伝達に関わるリン脂質が多く含まれます。
さらに卵には、記憶力の維持に役立つコリンや、神経の処理速度を向上するゼアキサンチンのほか、脳の健康に欠かせない栄養素がたくさん含まれています。
●大豆
豆腐・豆乳などの大豆製品には、記憶力や集中力を高めるレシチンが多く含まれます。
抗酸化物質であるポリフェノールも含まれており、加齢による認知能力低下の予防も期待できます。
●カカオ
チョコレートの原材料であるカカオには、脳をリラックスさせたり細胞の老化を防止したりする抗酸化物質・テオブロミンが含まれます。
また、学習力と記憶力を高める抗酸化物質・フラボノイドも多く含んでいます。
チョコレートでこの効果を得るには、カカオ含有量80%以上の高カカオチョコレートを選びましょう。
●緑黄色野菜
ブロッコリーやホウレン草などに多く含まれるビタミンKは、記憶力の維持に効果があるといわれています。
またトマトに多く含まれる抗酸化物質・リコピンは、脳の老化防止に役立つともいわれ、記憶力の低下や認知症を防ぐ効果が期待されます。
●バナナ
バナナには脳のエネルギー源となるブドウ糖が含まれています。
ブドウ糖は特に記憶をつかさどる海馬と密接な関係があるため、摂取すると記憶力がよくなるといわれています。
また、バナナに含まれるトリプトファンが、脳を健康に保つのに大切な睡眠の質を上げるとされています。
●アボカド
アボカドは世界一栄養価の高い果物に認定されるほど、不飽和脂肪酸やビタミン類、ミネラルなどさまざまな栄養を多く含んでいます。
なかでもオメガ9系脂肪酸であるオレイン酸が豊富で、脳の健康を保つ効果や、血液をサラサラに保つのに役立つといわれています。
3.身体検査
身体検査をすることで、どこの器官に異常があるかを確認できます。
記憶障害を悪化させている原因を見つけることが大切です。
特に神経系を重点的に検査することで、効果的な対策が見つかる場合も多いです。
4.ストレスの管理
ストレスは多くの病気を引き起こす原因となります。
記憶障害が悪化すると、精神疾患などを併発して症状が悪化する場合もあります。
普段からストレスを軽減させるよう意識しましょう。
まとめ
しかし、認知症でない方は、認知症の方の世界と自分の世界の見方がまったく違うことを知っておくことが大切です。
認知症の方とのコミュニケーションをうまくとることは、もはや誰にも必要な知識となってきています。
認知症の方の不可解な行動の裏にある心理を理解して、その言動の理由がわかれば、認知症の人が愛おしくなるとともに、介護そのものが楽になっていくのではないでしょうか。
マンガでわかる!認知症の人が見ている世界』