実はオランダ人医師が見つけた「痩せている人」の共通点として、脂肪と糖を素早く熱に換えるヒーター「褐色脂肪」のメカニズムに大きな違いがあるのだそう。
今回は、そのオランダ人医師らの共著 『痩せる脂肪 もっとも誤解されている器官の驚くべき事実 』 (クロスメディア・パブリッシング)より、痩せている人ほどたくさん持っているという「褐色脂肪」についての解説をご紹介します。
1949年夏、その研究所では同一の遺伝子とDNAをもつ実験用マウスが飼育されていました。
研究所のスタッフが、実験用マウスのなかに生後あまり経たないうちに他のマウスに比べて体重が重くなったものがいることに気づきました。
マウスは動きが活発ではないのに食べる量は多く、そのうちの1匹はあまりの空腹に、餌箱に頭を突っ込んだまま寝転がり、一日中食べ続けていました。
この太ったマウスのDNAを調べたところ、遺伝子の変異が起こっていて、その変異遺伝子はOb(肥満を表す英単語obesityの頭2文字)と名付けられました。
発見からあまり時間を置かずして、同じ研究所でまた、肥満になり、凄まじい食欲を見せるマウスが生まれました。
しかし先ほどのObマウスとは違い、こちらは若くして糖尿病になりました。
そのため、このマウスの変異遺伝子はDb(糖尿病を表す英単語diabetesから)と名づけられました。
Ob遺伝子とDb遺伝子の影響を調べるために、実験が続けられました。
まず、「普通」のマウスと「Ob(肥満)マウス」を結び付け、2体が同一の血液源を持つようにした結果、Obマウスの食欲がなくなり、体重が急激に落ち、結合されていた普通のネズミと同じくらい痩せてしまったのです。
Obマウスの血中には満腹を感じさせるものは含まれていませんでした。
つまり、普通のマウスがなにかしらの物質をつくり出し、それが血液を介してObマウスに送られ、影響を及ぼしたことになります。
次に、「Db(糖尿病)マウス」を普通のマウスと結合させる実験も行われました。
すると今度は、普通のマウスが急激に痩せ、50日間で餓死したのです。
この結果から言えるのは、Obマウスと異なりDbマウスは、普通のマウスの血中を流れていた「ある物質」に抵抗力を持っていたということです。
1994年になって初めて、この物質は普通のマウスの脂肪内で大量に産生されるホルモンであり、Obマウスの脂肪ではまったくつくられていないことがわかりました。
このホルモンが普通のマウスからObマウスへ流れ込んだため、Obマウスは満腹感でいっぱいになり、食欲がなくなってしまったのです。
そのため、このホルモンには、ギリシャ語の「痩せている」という意味の単語にちなんで「レプチン」という名前が付けられました。
この「レプチン」こそ、初めて発見された脂肪で産生されるホルモンです。
ホルモンは受容体に入って初めて効力を発揮できます。
レプチンの受容体は身体の様々な場所にあり、脳の満腹センターにも存在しています。
脂肪量が多いDbマウスもたくさんのレプチンを産生していましたが、レプチンの受容体がなかったために、満腹感を生み出せなかったのです。
だから普通のマウスと結合された時、今度は過剰なレプチンが普通のマウスに流れ込み、食欲を激減させ、さいごには餓死させたのです。
これらはマウスの実験でしたが、ではレプチンは人体において、どのような影響を及ぼすのでしょうか。
レプチンが発見されると、極度な肥満の2名の子どもが研究対象として選ばれ、調査されました。
すると、血中のレプチンは計測できないほど低いことが分かりました。
遺伝子に変異が見られ、脂肪でレプチンを産生できていなかったため、ずっと消えることのない飢餓感に苛まれ、食べ続けていたのです。
1998年、2人のうち9歳の姉に合成レプチンを投与する治療が施されました。
1年後、治療は成功し、少女は1年間で16キロ以上減量することができました。
この結果から、脂肪でつくられたレプチンが脳内の受容体と結びつくと、満腹感を覚え、食後の空腹感が消えることがわかりました。
別の研究では、レプチンが脂肪を燃やすように刺激を与えることも明らかになりました。そのため、レプチンは別名「抗肥満ホルモン」とも呼ばれています。
レプチンは脂肪が多いほどより多く産生され、血中に分泌されます。
逆に脂肪が少なければ血中のレプチン値も低く、満腹を感じる信号も減り、身体は脂肪をより多く蓄えようと空腹感を生み出すのです。
レプチンは、体内の「脂肪センサー」だと言えるかもしれません。
脂肪ホルモンにはさらに驚くべきことが隠されています。
そのひとつが、「妊娠」への影響です。
それは女子体操選手と一般の女性との違いによってわかります。
同年代の女子たちと比べると、体操選手は身長が低く、痩せ型になることが知られています。
食事制限と激しいトレーニングによって体脂肪率も低く、平均的な女子は12.5~13.5歳の間に初潮を迎えますが、驚くべきことに、トップレベルの体操選手の場合は14.3~15.6歳の間と、平均よりも2年ほど遅いのです。
1970年代にアメリカ人生物学者のローズ・フリッシュが、小食のアスリートや摂食障害により体脂肪が少ない女性は初潮が遅く、妊娠しにくいことを発見しました。
そして月経が始まるには少なくとも17%の体脂肪が必要であり、この最低基準を満たし続けることが、月経の持続に欠かせないとも発表しました。
実際のところ、脂肪と生殖力はどのようにかかわり合っているのかというメカニズムは謎でしたが、レプチンが発見されたことで変わりました。
先ほど紹介したObマウスですが、レプチンを産生できないとともに、繁殖力もありませんでした。
レプチンを投与すると、食欲が減退しただけでなく、繁殖ができるようになりました。
つまりレプチンが脂肪残存量を伝える脳の部位は、生殖を司るセンターにもつながっているわけです。
レプチンが少なすぎて、この脳内センターから信号が送られないと、排卵が起こらず女性は妊娠できず、月経も止まります。
逆に体脂肪が多すぎるとレプチンが大量につくられ、その結果、初潮がかなり早く来る例も多く確認されています。
さらにレプチンは、妊娠中の胎盤内でもつくられることが判明しているのです。
なので、肥満者に見られるのと同じように、妊娠中期はレプチン量が多くなりますが、その影響をあまり受けなくなります。
おそらくこれが、妊婦の食欲が旺盛な理由です。
この効果によって、生まれてくる赤ちゃんのためにもっと多くの脂肪をため込めるようになります。
母親の脂肪は赤ちゃんにとっても、とても大切なものなのです。
脂肪にはさらに驚くべき力があります。
それは、「脂肪を減らす」というものです。
実は一言で脂肪と言っても、蓄える役割がある「白色脂肪」と、それとは異なる機能を持つ「褐色脂肪」が存在します。
例えば冬眠する動物たちは、多量の褐色脂肪を有しています。
冬眠から抜け出す直前に体温を短時間で上げる必要があるため、身体内に、脂肪と糖を素早く熱に換えるヒーターを持っています。
それが、褐色脂肪なのです。
人間の赤ちゃんも大量の褐色脂肪を、とくに肩甲骨のまわりに身につけています。
思春期を過ぎると筋肉量が増加するため、褐色脂肪のほとんどは消えると思われていましたが、最近の研究でそうでもないことがわかりました。
およそ15年前、核医学の医師が癌細胞を見つけるためのPETスキャン中に、成人の首と大動脈周辺に褐色脂肪を(再)発見したのです。
その後たくさんの研究で、痩せている人ほど褐色脂肪を持っていて、若者には300グラムほどの褐色脂肪があることなどが分かりました。
たった300グラムでも、体の中に存在する褐色脂肪を刺激することで、代謝を上げることが可能です。
また、ライデン大学医療センターのマリエッタ・ボンが所属する研究チームは、褐色脂肪が健康な人たちの代謝に与える影響を調査しました。
冷水が流れるマットの上に若い男性たちを寝かせて、冷水に触れる前と後で代謝率を測定したのです。
その結果、2時間で男性たちの代謝率は1日200キロカロリーも上昇しました。
つまり、残存する褐色脂肪のスイッチを「オン」にして可能な限り活発にすれば、1日に200キロカロリーを余分に燃やすことができるのです。
ではなぜ冷水に触れたことで、褐色脂肪のスイッチは「オン」になったのでしょう。
脳にある視床下部は入ってくるすべての情報を処理し、熱をつくり出すべきか、熱を逃すべきか判断しています。
冷水が流れるマットの上に寝て寒さを感じることで、熱をつくるために褐色脂肪のスイッチを入れるよう、脳から信号が送られたのです。
つまり褐色脂肪細胞のスイッチは「冷たさ」によって入るため、刺激を与えるのは比較的簡単なのです。
褐色脂肪細胞に刺激を与えるスイッチは、
・毎日のシャワーの最後の数分を冷水にする。
・ときどき水風呂に入る。
・毎日、室温を数度下げた部屋で数時間過ごす。その際にセーターなどを着ない。
・運動はジムより屋外で。肌寒い日はとくに、自転車通勤しましょう。
実際に冷たいところに行かずに、褐色脂肪を活発にする方法も調査が進められており、例えば、唐辛子の成分であるカプサイシンの錠剤を、6週間続けて若い健康な男性に飲んでもらったところ、代謝が上がることが分かっています。
まとめ
太る人と太らない人の違いは、刺激されることで脂肪を燃焼して熱を生み出す働きがある褐色脂肪を身体をどのくらい持っているかよって変わってくるようです。
これらを知ったいま、もう一概に脂肪を「悪者」とは呼べなくなりますね。
痩せる脂肪 もっとも誤解されている器官の驚くべき事実