人間は問題を目の当たりにしない限り、その問題が気になったり、知ろうとはしないものです。
私自身もそうでした。
しかし、介護はある日突然やってきます。
いざその時がきても、介護に対する情報や知識がなければ、どうすればよいのかわからなくなり、一から情報収集をしなければならなくなります。
今回は、NPO法人UPTREE代表阿久津美栄子氏著書『ある日、突然始まる 後悔しないための介護ハンドブック』より、いつ来るかはわからないけれど、来たるべき介護に備えるために大切な「介護のロードマップ」をご紹介します。
私自身、母が元気で同居している時は、介護のことを他人事のようにとらえていました。
でも、本当に介護はある日、突然やってきます。
何の知識も経験もないまま突然、母の介護が始まった上、最終的に待ち受けているのは死という現実です。
また、介護がいつ終わるのかもわかりません。
母が認知症を発症し介護が始まってからは、仕事は無論のこと私生活においても思い切った変更を強いられました。
自分自身の経験を通して痛感したのは、事前に介護に関する知識と情報を持っていることの大切さです。
たとえば、介護保険の仕組みや認知症に関する理解、困った行動への対処法、介護にかかる費用など、前もって知識と情報を仕入れておけば、ある程度の余裕を持って介護に向き合うことができます。
その余裕は自分のための時間として有意義なものへと変えてくれるはずです。
■介護が始まったきっかけ
厚生労働省の調査によれば、介護が始まったきっかけで一番多いのは脳血管疾患などの疾病で倒れた場合で、次いで認知症です。
要介護となった原因の4割は生活習慣病由来の疾病ですが、65才以上の要介護者などに介護が必要になった原因の第1位は認知症というデータもあります。
介護が始まると、特に主たる介護者になった人は介護のことで頭がいっぱいになり、社会から孤立してしまうといわれています。
実際、私は介護の不安や心配を会社に相談しても理解してもらえず、ひとりで抱えていました。
母の介護もちゃんとしたいし、仕事も今まで通り続けたいと踏ん張りましたが、やはり仕事と介護の両立は難しく、離職せざるを得なくなりました。
2025年の日本においては、あと37万人の介護職員が必要とされるそうです。
つまり、2025年以降は現在と同じレベルの介護サービスを受けることはできなくなるということです。
例えば、介護保険制度を使ってヘルパーさんをお願いしようと思っても、頼めるヘルパーさんがいない、というような事態が生じることも十分に考えられます。
社会にはいろいろな制度がありますが、そもそも制度とは教育制度や労働支援制度などというように、自らが動いて活用するという側面があります。
しかし、介護保険制度に関しては、要介護者は「やってもらってあたり前」という態度になりがちです。
おおむね65才以上の人は、自分が要介護者となった場合に、自宅での介護を希望するのか、施設に入所するのか、看取りの時期はどこでどのように過ごしたいのか、延命措置はするのか、しないのか、など、自分の介護についてどうしたいのかを自ら学び、考え、備えたうえで家族に伝え、さらにはその情報を共有しておくことが大切です。
自分が要介護者となった場合に備えるためのひとつの方法として、介護の初期から看取り期にいたるまでの「介護のロードマップ」があります。
「介護のロードマップ」は、混乱期、負担期、安定期、看取り期の4つのステップに分かれています。
介護の始まりから終わりまでの時間の流れを把握しておくことが大切なのです。
介護の段階
ステップ1「混乱期」→ステップ2「負担期」→ステップ3「安定期」→ステップ4「看取り期」
要介護者の状態
ステップ1「急性期・異変の発覚」→ステップ2「介護初期・残存能力大」→ステップ3「症状進行期・残存能力小」→ステップ4「終末期・別れの時」
介護者の気持ち
ステップ1「混乱・否定」→ステップ2「疲労・絶望」→ステップ3「割り切り・受容」→ステップ4「絶望・否定」
必要な準備
ステップ1「介護申請、主介護者決定」→ステップ2「進行の抑制、住環境整備」→ステップ3「施設探し・入居」→ステップ4「延命治療、遺産相続」
介護の場所
ステップ1「在宅、病院」→ステップ2「在宅、介護施設」→ステップ3「在宅、介護施設」→ステップ4「介護施設、病院、在宅」
ステップ1:混乱期「家族の日常が突然変化する」
健康であることが当たり前だった家族の日常は、介護によって激変します。
家族は、「どうして歩けなくなったの?」、「なぜ、話せなくなったの?」と、要介護者の様子が変わっていくことにオロオロするばかりで、なかなか現実を受け入れることができません。
変化を受容するには、それなりの時間と覚悟が必要だからです。
特に、認知症の初期は、「物忘れはあるけど理解力は問題ない」「同じことができる時とできない時がある」といった認知症の症状がまだらにあらわれます。
それにより介護者側が混乱し、精神的に大変な負担がかかるのです。
日々、刻々と変化する状況に対応することで精一杯になって自分の状況を客観的に把握することも難しくなり、一層の混乱に陥ってしまいます。
ステップ2:負担期「疲労と絶望がつのっていく」
要介護者、介護者ともに疲労感が出てくる、一番きつい時期です。
要介護者の身体的能力が低下してくるため介護に割く時間が多くなり、介護者の負担感は増します。
その結果、心身ともに疲弊して絶望的な気持ちにとらわれてしまうのです。
また、要介護者である親は、未来がない状況や死の恐怖に直面することで、動揺し悲観しながらも、それを介護者である子どもに伝えることはできずにいます。
介護者である子どもが大きな負担を抱えながら過ごす毎日は、怒りや苦しみといった感情との戦いの日々でもあります。
こうした限界ギリギリの精神状態の中では、兄弟姉妹間のトラブルが起きやすくなる傾向があります。
ステップ3:安定期「割り切りと受さ容がもたらされる」
介護を始めたばかりのかたの中には、「本当に安定期が来るのでしょうか?」と疑問に思われるかたも少なくありません。しかし、安定期は必ずあります。
というのも、要介護の区分が3~5になると、要介護者は自力でできることが少なくなり、ひとりで過ごすことが難しくなるからです。
そのため、施設や病院へ移るという選択が生じます。
この頃になると介護者には割り切りの気持ちが生まれ、要介護者の状態を受容できるようになります。
施設や病院に入ることで要介護者と介護者の間に物理的な距離が生まれると、心身ともに余裕がでます。
物理的に離れたとはいえ、この時期は、要介護者と意思疎通ができる最後の機会だととらえて、家族で最後の日々をどう過ごすかを話しあうことをおすすめします。
ステップ3:ステップ4:看取り期「別れの期間が訪れる」
介護の始まりと同様に、介護の終末期もある日、突然やってきます。
介護者は看取りの時間に再度、「否定」と「絶望」を味わうことになります。
大切な家族との別れはつらく悲しいもので、「否定」したくなるのも当然のことです。
介護のゴールは、親とのつらい別れの日です。
この避けられない事実を受け入れ、要介護者も介護者も、家族全員が充実した日々を過ごせるようにすることが「介護のロードマップ」の大きな目的でもあるのです。
まとめ
「介護のロードマップ」を知った上で介護に臨めば、自分の行ったことにある程度は納得できるため、罪悪感は比較的、軽く済むのではないでしょうか。
「介護のロードマップ」によって、介護のゴールは看取りであり死別であることを認識すると、介護の時間は無限ではないことが理解できます。
なので、限られた時間を大切にしようという気持ちが芽生え、悔いのない介護ができ、それにより罪悪感も軽減できるのです。
『ある日、突然始まる 後悔しないための介護ハンドブック』