自分の役割さえ、きちんとやっていればいい
組織では、まずは作業をどう効率よく進め、どう結果を出せるかが最重要と考える傾向があります。
組織に限らず、多くの人が何かをしようとするときに、どうしても後まわしにされがちなのが、人との関係性です。
従業員がどのくらい働く喜びを感じているかというアメリカでの研究では、従業員が仕事に対して感じている充実感や就業意欲=ワークエンゲージメントが高まると、従業員の幸福度=ウェルビーイングも高まることがわかっています。
今回は、職場の人間関係とワークエンゲージメントは、強く影響し合っていることについて考えてみたいと思います。
時代とともに組織の従業員に対する取り組みは、変わってきています。
もともとは顧客第一主義が目標で、従業員のことは二の次でしたが、従業員の働きにくさに注目が集まり、その原因を取り除くことで働きやすさにつながる心理的安全性のある関係性がつくられることが知られるようになってからは、企業の取り組み方も変わりました。
では、心理的安全性のある関係性をつくるためにはどうすればいいのでしょうか。
この関係性をつくる必要なポイントには、次の2つがあります。
1.「マイナス3から0のもの=悪い関係」を予防する
2.「0からプラス3へ行くもの=よりよい関係」を促進する
1.の最初のポイントは、人間の関係を壊す「4毒」を減らすことです。
4毒とは
・批判
・侮辱
・自己弁護
・逃避
のことで、まずはマイナス3の悪い関係性をつくらないように、この4つの行動を最小限にするため、これらが起こりにくいガイドラインをつくり共有します。
ガイドラインは、以下の4つです。
1.行動に注目し、相手自身を批判しない
この批判とは、「あなたは~だ」と、相手の人格・性格・能力を責めることです。
行動を責める不満とは違います。たとえば、時間に遅れてきた人に、
「なんて無責任なんだ」
と責めるのは批判(非難)ですが、
「時間どおりに始められなかったので、困ります」と行動に言及するのは、不満です。
批判の中でも、とくに気をつけたい言葉は、「いつも~だ」「いつも~してくれない」など。
「いつも」という言葉には「変わらず」という意味が含まれているので、自ずと人格批判になります。
性格や能力はすぐには変えられないため、そこを批判されると、人は無力感や焦燥感に陥りやすく、攻撃されていると感じて防衛的になります。
一方、行動は変えられるので、希望が持てます。相手を責めるのではなく、行動に注目し、やってほしいことを気持ちよくリクエストしていきましょう。
2.相手を侮辱せずに、相手の可能性を信じる
侮辱とは、「あなたにはできない」という、人を見下したような見方や言動を指します。これには、冷笑、皮肉、挑発も含まれます。
心理的安全性のある関係性とは、互いに信頼し合うことなので、侮辱はその真逆ということです。
余談ですが、この侮辱の多い関係にあると、風邪やインフルエンザにかかる確率が高いという研究報告もあり、人間の免疫力まで下げてしまうこともわかっています。
人を侮辱する代わりとして、相手の力や性格の強みに注目し、相手の可能性を信じる選択をすることです。
そのためには何が必要かを話し合いましょう。
3.自分が間違ったときは、自己弁護しないで謝る
自己弁護とは言い訳で、「私は悪くない。問題はあなたにある」という感覚です。
ここでの問題点は相手を責めることで、自分が謝る機会をなくしてしまうことです。
だから、相手を不快にさせたときは、まずは謝りましょう。
そうすれば、「人は間違ってもいい」という文化がつくられて、心理的安全性が高まります。
4.問題から逃避しないで話し合う
この逃避とは、問題について話す機会を避けることです。
相手が話してきても無視したり、グループの中でタブーになる話題があったりすることです。
問題ときちんと向き合わないために、人間関係の修復が阻まれてしまい、そのせいで、孤独な人を生んでしまうことがあります。
だから、大切なことはちゃんと話し合わなければならないのです。
勇気がいることだとは思いますが、心理的安全性は、いい人になるためのものではないので、お互いの幸せと成長のために、勇気を持って話し合いましょう。
こうしたよい関係性は、幸せだけでなく、挑戦と成長にも結び付きます。
それを実証した心理学者ハリー・ハーロウ氏の、母親を亡くした猿の赤ちゃんの実験があります。
この実験では、母親を亡くすと早世してしまう猿の赤ちゃんに、2つのつくり物の猿のお母さんを与えました。
ひとつはミルク入り哺乳瓶を持った針金製、もうひとつは哺乳瓶は持たないけれど温かい布製のぬいぐるみです。
赤ちゃんは、布の母親になつき、1日の大半を檻で一緒に過ごすようになりました。
ここで、赤ちゃんと布のお母さんのよい関係性が育まれたと言えます。
今度は、針金の母親とふたりでいるときと、布の母親とふたりでいるときの別々に、新しく熊のぬいぐるみを与えました。
猿の赤ちゃんは、最初どちらの母親といるときも、熊のぬいぐるみをとても怖がりました。
ところがしばらくすると、針金の母親といるときは、いつまでも檻の隅にうずくまって怖がり続けたのに対し、布の母親といるときは、初めはお母さんにすがりついていましたが、少しずつ熊のぬいぐるみに興味を持って近づくようになっていったのです。
猿の赤ちゃんは、熊のぬいぐるみが怖くなると布の母親のところに戻り、また興味がわくと熊のぬいぐるみに近寄る、という行動を繰り返すうちに、最終的に熊のぬいぐるみと遊ぶようになったのです。
これは、布の母親が猿の赤ちゃんにとって「安全基地」になっているからこそ、猿の赤ちゃんは挑戦し、成長できたという証しと言えます。
世の中には、子どもの成長を願って、あえて崖から突き落とすくらい厳しく接するという考え方もあるようですが、それは目的にかなった行動とは言えないのです。
なぜなら、猿の赤ちゃんにとっての布の母親のように、親子のよいつながりが安全基地となるからこそ、人は挑戦し、成長できるのですから。
何かのコミュニティやチーム、個人同士の関係などをつくるときは、まずは心理的安全性の土台である質のよい関係性をつくっていくことを、最優先に考えてほしいものです。
そのためには、共通認識を最初につくっておくことが大切です。
まず、集まりの最初に
「このチームでは、こういう場をつくっていきます」
「ここでは、こういうことを大事にします」
「こういうことはしないでください」
といった「場のガイドライン」を、リーダーが明示して、メンバーとシェアしておきます。
これは、みなさんの挑戦を歓迎します、といった認識を、最初に共有しておくものです。
職場などで、いきなり行うのは難しくても、たとえば課のミーティングなどで、話し合う場合に、
「ここでは多様性を尊重します。どんな意見にも、耳を傾けましょう」
「意見は、質より量を歓迎します」
「人の意見は批判しないようにお願いします」
といった「ガイドライン」を示しておくとよいのです。
このグループで大切にすることを決めたうえで、メンバーそれぞれがその範囲内で、
「私も意見を言っていい」「批判されない」
と意識することで、心理的安全性は高まり、自然に「安心安全の場」がつくられていくのです。
まとめ
なぜなら、それが人間の一番大切な基本的欲求だからです。
個人でいくら多くの情報や強いスキルを持っていても、ひとりで頑張っていたのでは、精神的にも肉体的にも限界があります。
コミュニティやチーム、個人同士でよいつながりがあり、その関係性が要となって相談し合ったり、助け合ったりできることが大切なのです。
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