「人間らしいケア」と称され、日本でも介護の世界に変革をもたらす技術として注目を浴びています。
介護される人と介護する人、両者がお互いに気持ちよく、人間らしく存在するためには、介護に愛情をこめるだけでなく、それを相手に伝えるためのテクニックが鍵になってきます。
技術の基本は「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱ですが、今回は前回の「見る」「話す」に引き続き、「触れる」「立つ」について解説したいと思います。
心を込めて介護していても、憎まれ口や暴言ばかり言われるのは、介護のプロであっても気持ちのいいものではありません。
ましてご家族であれば、我慢の限界を超えることもあるでしょう。 ユマニチュードの技術を使って、認知症の方に「あなたは大切な存在である」ことを伝え続けてわかってもらうことによって、相手との良好な関係性を確立することができます。
介護において最も大切なことは、ひとつ一つのケアの手段ではなく、この関係性を継続的に保ち続けることなのです。
ユマニチュードでは介護を受ける人との関係性を築くために、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの技術を用います。
前回、ご紹介した「見る」「話す」技術に加えて、「触れる」「立つ」を組み合わせて使うことで、相手との良好な関係を築いていくことができます。
これは相手に安心感を与える触れ方の典型です。
その逆に、「荒々しく」「強く」「突くように」「突然」「狭い範囲」を触ることは、攻撃的な印象を与えてしまい、恐怖心を植え付てしまいます。
一度植え付けられた負の印象は根強く残り、なかなか忘れることができません。
介護においてはそんなつもりは全然ないのに、意図的ではないにせよ攻撃的な触り方をしてしまい、相手にネガティブなメッセージを届けてしまうことがあります。
寝たきりの方の身体を拭く場合に、優しく声をかけてはいても、いざ拭くときになるといきなり手首をつかんだり、顔の向きをグッと変えたり、足首を持って足を持ち上げたりすることは、実際よく見られる光景です。
つかむという動作は、「どこかに連れて行かれる」「相手から何かを強制されている」ということを連想させてしまうため、認知の機能が低下している場合には、自分が何をされているのかが理解できません。
そのため、自分が何かを強制されていると感じて恐怖を覚えるのです。
また、つかむという接触方法は、皮膚の触れ合う面積が少ないことも問題です。
なるべく広い範囲で触れることで、相手に安心である、と伝えることができます。
もしも腕を持ち上げたいのであれば、手首をつかむのではなく、介護する方の両手のひらで、腕を下から支えるように持ち上げるとよいでしょう。
触る順番にも注意を払う必要があります。
人のからだは背中のような触られても鈍感な部分と触れられることに敏感な部分とがあります。
背中にボールペンの先を1本か2本当てて、「今何本で触れましたか?」と尋ねてみると相手は確実に当てることができない場合が多いのです。
これが背中ではなく顔や手のひらだったら間違うことはほぼありません。
それだけ手のひらや顔は敏感であり、触られたときにセンシティブに感じる場所なのです。
介護する方が最初に触る部分はなるべく鈍感な部分から始めるように心がけてください。
背中や肩を、できるだけ広い範囲で触るようにして、それから肩や腕、足ならふくらはぎなど、声をかけながら敏感な場所に移動するようにします。
そして触り方はソフトに、飛行機が着陸するときのイメージで行うと安心してもらえるはずです。
寝たきりの方の視野は、ほとんどが天井で横を向いても見えるのは壁だけです。
このような時間が長く続くと3次元の空間を認知する機会が失われ、認知の機能はさらに低下します。
自分がここに存在している、という空間の認知は、人としての尊厳の自覚に直結する重要な要素です。
座ることができれば、視野には奥行きが生まれます。
周囲の様子をさまざまな角度で見ることができるようになり、音もさまざまな方向から耳に入ってきます。
つまり、「空間の中の自分」を自覚することができるようになります。
さらに、立つことがでれば、空間は上下方向にも広がり、より多くの情報をキャッチできます。
また、立つことによって血液の循環が改善され、肺が空気を取り込める容量が増えます。
筋肉や骨に負荷がかかることで、骨粗鬆症の改善や筋力のアップが見込めるため、その先の「歩く」という目標が生まれます。
介護のプロの方でも、寝たきりになった人を立ち上がらせることはたやすいことではないと考えておられますが、それは状況に応じて異なります。
寝たきりになったきっかけが、3日から数週間、病気やケガでベッドに横になっている必要があったというような場合には、その時に積極的に再び「立つ」ためのケアを行なわなかったことが寝たきりが続いている原因であることが多いのです。
無理に立ち上がらせることで、転倒の恐れがあるしひとりにしておけない、ケアに時間がかかるといった介護する側の事情もあって「立つ」ためのケアを行わないというのが、よくある現実です。
そのような状況である場合は、リハビリテーションを導入して改善を試みることも広く行なわれていますが、リハビリテーションは1日あたり20分程度のごく限られた時間であることが多く、実際の生活では、リハビリテーション以外の時間が一日の中では圧倒的に長いのです。
だからこそ介護を行なっている人しかできない、果たすべき役割があります。
それは、その人の立てる能力を最大限に引き出す介護です。
まずは、生活の中でずっとベッドで寝た切りにするのではなく、少しでも座って過ごす時間を作りましょう。
長く立っていることができなくても、洗面や着替えなどはできるだけ立って行なえるように力を貸したり、体を拭くときにも立つことと座ることを組み合わせて行うなど、さまざまな工夫ができます。
しかしここで忘れてはならないことは、「立たせる」ためには、とても正確な技術が必要だということです。
人は立位をとることによって自己の空間的存在を認知する、ことがベースにあり、それを実現させるための科学的な根拠に基づいた行動によって初めて成り立つものですが、介護とは正確な技術と安全の二つが共存することが必須です。
立位補助を行なうにあたっては、介護をする人はその基本「自分の位置」「相手の位置」「相手の足の場所」「重心の確認」「どこを支えるか」「体を傾ける角度」など、さまざまな細かい技術があり、そのどれが欠けても安全な立位介助、歩行介助はできません。
もしも安全に介助ができない、と判断したら、無理をせずに専門家のアドバイスを受けてください。
まとめ
4つの柱を組み合わせることで「大切に思う気持ち」が伝わります。
うまくいかないのは「見る」ことや「話す」ことなどひとつだけに集中している場合が多いようです。
「あなたを大切に思っていますよ」と言う気持ちを伝える技術として、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱を1つだけをやっていては不十分です。
「見ながら、話す」「話しながら触れる」、ときには「見ながら、話しながら、触れながら、立つ援助をする」というように、同時に複数の柱を使うことが、相手に「大切に思っています」と伝えるためのとても重要な技術です。
身体に触れるのであれば、まず正面からアイコンタクトをとり「おはよう」と声を掛け、相手が気づいてくれれば「着替えてさっぱりしませんか?」と言葉を発しながら、鈍感な部位である肩や背中にやさしく、広く触れます。
立たせるときも、まずはアイコンタクトをとってから、背中に触れ、声掛けながら下から支えるようにして立位の援助をするといった具合に、4つの柱をいろいろと組み合わせてみて下さい。 次回は、4つの柱を使うことで、スムーズに心地良いケアが行える、より実践的な技術をお伝えしたいと思います。
家族のためのユマニチュード: “その人らしさ"を取り戻す、優しい認知症ケア