介護される側と介護する側、両方がお互いに気持ちよく、人間らしくあり続けるためには、愛情という気持ちだけでなく、相手に伝えるための「技術」が鍵になってきます。
フランス生まれのユマニチュードですが、今回は、ユマニチュードの基本、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱のうち、「見る」「話す」について詳しく解説したいと思います。
介護される方のことを根底でとても大切に思っています。
しかし毎日の介護に疲れ果てて、「大切な人」「愛する人」という感情が心の奥に埋もれてしまい、表情や態度に出にくくなっていることもあります。
その「大切に思う気持ち」を、相手に分かってもらう形で表現するのがユマニチュードの技術です。
介護対象の方に対して心の中ではうんざりした気持ちを抱えていたとしても、テクニックで「大切に思う気持ち」を表現すれば、何の問題もなく介護される方が、「大切にされている」「愛されている」と感じることができ、そして「私は必要とされている」と実感して、前向きに生きる気力を取り戻す目的を持つこともできるのです。
今までベッドから起き上がることのできなかった方が、ユマニチュードの技術を持ったスタッフに介護されると、立ち上がって歩いてみようとしたり、積極的に自分から食事をしたり、自分のことを自分でするようになったりするのは、ご自分の「人間らしさ」を取り戻していく証拠でもあると考えます。
心でいくら「あなたは大切な人」だと思っていても、相手に「大切にされている」感じてもらうにはその気持ちを表現する技術が必要です。
さまざまな介護施設や在宅介護の現場で献身的な介護を続けている方のなかには、心を込めてお世話していても文句ばかり言われる、とか、愛情を持って接しても拒否されると言われる方もおられるかもしれません。
ユマニチュードの技術を用いた介護を行なうにあたって、「あなたのことを大切に思っています」ということを伝えるために、4つの柱があります。
その4つの柱が「見る」「話す」「触れる」「立位の援助」です。
一見すると特別に目新しい技術ではないように思えますが、介護者は十分にやっていたつもりであっても、介護される側からはそうではなかった、ということが介護の様子を撮影したビデオの分析で明らかになってきました。
ケアをする側は、今自分が行なっているケアの内容や作業に集中してしまいがちです。
例えば、口の中をきれいにしようとしているときには口の中を真剣に見て口腔ケアの作業に視線と気持ちが向かっています。
視線は主にケアを行なっている部位に集中しているので、コミュニケーションの観点から言えば「見る」ことができていない場合が圧倒的に多いのです。
しかも、アイコンタクトとは単に相手の目を見ることではありません。
大切なのは、相手の視界のなかにしっかり入り、相手からも自分を見てもらってアイコンタクトを成立させることです。
さらに重要なのは、私たちは「見る」ことを通じて言葉に頼らないメッセージを相手に伝えていることを自覚する必要があるということです。
私たちが他者からの視線を受けたとき、たとえ相手が同じ表情であっても、直感的に「好意的」だと感じる場合と、「攻撃性」や「嫌悪感」を受ける場合があります。
これは、「見る」という行為に、ポジティブなメッセージとネガティブなメッセージがあるからで、それらのメッセージは見る「方向」「高さ」「距離」「時間」によって変わってきます。
「優しさ」や「正直であること」を表現しようとすれば、相手より水平か、やや下に目線を合わせ、正面から顔を近づけると、それだけで表現することができます。
さらに見つめる時間を長くすれば、比例して「親密さ」や「愛情」を持ったポジティブなメッセージを多く伝えることができます。
一方、正面ではなく横から、目線は上から下に向けて、近づかずに遠くから短い時間相手を「見る」行為は、自分ではそうと自覚していなくても、相手に否定的なメッセージを発しています。
町で知り合いを見かけて声をかけようとしたけれど、相手は遠くからこちらを目の端で捉えたものの、すぐに視線をはずされてしまったら、自分は軽んじられていると感じるでしょう。
さらに、街中で道端に座っているホームレスがいたとき、その方に近づいてアイコンタクトを積極的に取りに行くという人は、あまり多くないと思います。
なるべく自分の視界に入らないように、少し顔をそむけて、足早に通り過ぎてしまうのではないでしょうか。
「見ない」という行為には、私はあなたに気づいていないし、さらに踏み込んだ言い方をすれば、あなたは存在しないというメッセージが込められてしまうのです。
なので、ケアをする場合には、相手に自分がポジティブなメッセージを発していることを自覚して確認しながら相手を「見る」ことが重要になります。
アイコンタクトをとりやすい位置から近づくことは、「見る」技術をおこなうための第一歩です。
介護される側が、どちらを向いているかによって自分が近づく方法を決めていきましょう。
シーン別「見る」手法
ベッドに寝ている人に近づく
寝ている方の顔の向きを確認し、目線の遠くから視界に入るようにします。
部屋の入口と逆方向を向いている場合は、入り口から遠い壁まで一旦移動してから目線を捉えてから近づきます。
座っている人に近づく
立ったまま、座っている人の上方から声をかけても、座っている人の視線には入らないので、正面から、目線を同じ高さにして近づきます。
座っている目線が下に向いている場合は、さらに下から、覗き込むように見る必要があります。
立っている人、歩いている人に近づく
後方や斜め後ろから近づいて声をかけては、相手に気づかれなかったり、逆に驚かせてしまうこともあります。
一度3メートルほど追い越してから向きを変え、正面からゆっくり近づき、近くまできたら目線の高さを相手に合わせるようにします。
認知症の方は、数分前の記憶すら失っていることがあるため、その方の部屋に入って近づくたびにポジティブな「見る」手法を使う必要があります。
ケアの途中で短時間でもその場を離れたら、もう一度「見る」技術をリセットして、「あなたを大切に思っている」ということを1から示すようにしてください。
と、声をかけられて
「こんにちは、本当に気持ちがいいですね」
と返すような何気ない日常のあいさつは、マナーだと私たちは思っています。
もちろん相手に良い印象を与えるマナーではあるのですが、実はそこには単純な言語的なメッセージだけでなく、言葉には現れない、非言語的なメッセージが存在しているのです。
あいさつや天気の話を通して、「私はここにいて、同時にあなたもここにいるのですよ」というメッセージを送っているのです。
認知症の方は話しかけても適切な答えを返してくれないことが多々あります。
話すことができなくなっている方もいるかもしれないので、介護する人が、次第に話しかけなくなるのも理解できますが、しかし、ここは敢えて技術として「話す」ことを意識して行う必要を感じてください。
たとえ返事がなくても、相手がまったく気づいていないように見えても「おはよう」「気持ちのいい朝ですね」といった言葉を掛けることは、「私はここにいます、そしてあなたの存在に気づいています」と伝えるためのもっとも基本的な技術です。
あなたの言葉かけに対して少しでも何らかの反応があったら、必ずまた言葉で返すようにします。
「うるさい」「触るな」「出て行け」といった否定的な言葉や、手で払うような仕草、顔をそむけるといった拒否の行動であったとしても、「うるさかったですか、ごめんなさい」「大きく手を動かせましたね、元気で嬉しいです」などと、ポジティブな言葉で返します。
最初は、「無視されているのにそんな風にポジティブな言葉は出てこない」と感じられるかもしれませんが、こうしたやりとりを繰り返すことで、反応のなかった方から少しずつ反応がかえってくるようになります。
この反応はケアをしている方にとって、ケアを受ける人からの贈り物だと思ってください。
もうひとつ「話す」技術として活用して欲しいのが、「オートフィードバック」というユマニチュードの技法です。
相手からの言葉による反応がないとき、人はつい自分も黙ってしまいがちになりますが、ケアを行なっている場に言葉をあふれさせるための技術として用いるのが「オートフィードバック」です。
オートフィードバックとは、今行っている介護の動作や態度を、そのまま言葉にするという方法です。
「蒸しタオルを持ってきました」
「部屋が少し暑いので、汗をかいたでしょう。さっぱりしませんか?」
「右腕を上げますね」
「右腕がとてもよく上がりましたね」
「温かいタオルで右の手のひらを拭いています」
「気持ちいいですか」
と、いうように、これから行う行為を予告し、その行為を行いながら前向きな言葉を用いて行為の描写を続けます。
身体を拭くのであれば、「今、右手の親指を拭いています」「次は右手の人差し指を拭きますね」「では、左手に移ります」というように、次々と自分のやっていることを言葉にし続けます。
実況放送のようですが、これによって黙々と行ってしまいがちなケアの場に言葉があふれてきます。
あなたから発せられるオートフィードバックの言葉は、介護されている方とのコミュケーションになり、「自分の存在」を認識する大切な時間にもなるのです。
まとめ
「見る」と「話す」。
一見単純なことですが、理論に基づいた技術を使うことで、認知症の方との距離感が近づいたように感じることも増えるのではないでしょうか。
それが、相手との「関係性の確立」につながっていくのです。
次回は、残りの基本柱「触れる」「立つ」の技術をご紹介していきます。
ユマニチュード入門