前回は「パーソン・センタード・ケア」の基本的な考え方を中心にお話ししました。 認知症を発症するとともに起こりがちな5つの要素をご紹介して、進行とともに「何もわからなくなっていく人」ではなく、本人の行動や背景にあるどのような要因で機能障害が表に出てきているのかを理解することで、日常生活の困難を減らすことが可能になります。 今回は、後編としてその背景にある本人の心理的部分についてお話ししたいと思います。





「5つの心理的部分」を満たす


パーソン・センタード・ケアを行ううえで重要なポイントとなるのは、認知症の方の気持ち=心理的部分をよく理解することです。
トム・キットウッドは、潜在的に抱えている部分を、次のような花びら5枚の絵で表しています。



認知症の心理的部分とは、一人の人間として尊重する「愛」を中心として、

・自分らしさ(Identity)
・結びつき(Attachment)
・たずさわること(Occupation)
・共にあること(Inclusion)
・くつろぎ(Comfort)

という要素が囲みます。

これは認知症の方だけでなく、すべての人間がもつ部分でもあります。



とされています。

逆に、このような心理的部分が満たされていないと、行動障害や無気力、苦痛など、様々なネガティブな行動となってあらわれます。

認知症の方にとっては、これらの部分を自らの意志で明確に伝えることが難しいため、ケアをする側が求めているものを理解して、積極的にサポートすることで、認知症の進行度合いに関わらず、よい状態(well-being)を保つ可能性が高くなります。

では、さらにこれら5つの心理的要素を、詳しく解説していきましょう。


1.『自分らしさ』(Identity)

自分が他の誰とも違う存在であること。「今」の自分は過去からつながって存在する、という感覚をもつことを表しています。

記憶が断片的になる認知症の方は、過去から現在につながる『自分らしさ』という感覚が失われやすく、最も危機にさらされやすい部分(欲求)といえます。
それはつまり、自分の存在自体を見失うことになりかねないからです。
自分がわからなくなるという状況に四六時中おかれると、見た目にはわからなくても少しずつ生きる力が失われていきます。
だからこそ、その方の途切れがちな過去と現在を周囲の人たちが補うことは、「自分らしくありたい」という部分を満たしていくことになります。

例えば、一番輝いていた時の思い出の写真を部屋に飾ったり、すぐに手に取れる場所にアルバムにまとめておき、いつでも見れるようにします。
そうすることで、イキイキとしていた過去の自分を思い出し、現在の自分とつながっていることを認識することができ、その方らしさを引き出しやすくなります。


2.『結びつき』(Attachment)

結びつきがもたらす安心感や特別に感じている愛着やこだわり、また、その人がもつ価値観などを表しています。

私たちは社会の中で、決してひとりで生きているのではなく、お互いに影響を及ぼし、つながりあいながら生活をしています。
それは、年齢を重ねて認知症になっても変わることはありません。

認知症になると、むしろ周囲とのつながりや記憶が途切れてしまうため、記憶に残っている昔からよく知っている人や物から、より安心感を得ることが多いのです。

ケアをする人と一緒に昔からの友人に会いに行ったり、習慣になっていることを続けられるようにしたり、昔から愛着のあるものを身のまわりに置くなど、これまで大切にしてきた物や事などの環境を変えないことや、人と接する機会をつくることなどがポイントです。

認知症になっても、その人の生活習慣を否定することなく、理解して寄り添うことが大切です。
生活習慣を否定されると、認知症によって否定された事は忘れてしまいますが、その時に受けた嫌な感情はずっと残ってしまうからです。


3.『たずさわること』(Occupation)

誰かに一方的に何かをしてもらうよりも、社会や人に認めてもらいたい欲求のことで、自分も何かしたい、手助けしたいという気持ちを表しています。

もともと「Occupation」は「職業」などと訳されますが、ここでは職業に限られたことではなく、自らの能力を使って進んで何かを行うという広い意味で用いられます。

認知症でない方には、ごく当たり前の日常的な作業ですが、自らの身なりを整えたり、家事や農作業などの仕事をする、趣味の活動をするなどのことです。
認知症の方にとっては、ごく当たり前の日常的な行動でも、時として危険を伴うこともあり、ケアする側はつい抑制したり、意味不明な行動にみえることを迷惑行為と判断したりすることがあるかもしれません。
しかし、それが「何かをしたい」という気持ちの表れなら、単純に抑制してしまうとその部分を断ち切ることになります。

一見、意味不明な迷惑行為に思えても、よく観察することで、その行為の真意を周囲が認識することが大切になります。

火を使う調理や刃物が危険と思うような料理の場合でも、まずは野菜の皮をむくことから始め、徐々に切り分ける作業や混ぜあわせる作業に移り、盛り付け、配膳まで、一つずつ進めていきます。
様子をみながらできることを増やしていくことはよいことですが、本人にとってストレスにならないように注意しましょう。


4.『共にあること』(Inclusion)

社会から排除されず、人とのつながりの中で集団の一員である安心感と周囲とのつながりを持って生きていきたいという気持ちを表しています。

認知症になると、「どうせ何もわからないから」と思われることが原因で、人の輪からはずれ、無視されがちになります。

認知症の方に関する質問を、その場に本人がいるにもかかわらず、家族にのみ投げかけた場合、それは知らず知らずのうちに無視していることになります。
本人はこれにより、心を深く傷つけてしまっているかもしれません。
無表情にみえても、うまく表現ができないだけかもしれないと考えてみることが必要です。

本人の存在を認め、会話の中で言葉をかけたりアイコンタクトをとったり、晩ご飯のメニューを決めてもらう、一緒に買い物に行って商品を選んでもらうなど、その意思決定に本人が関わったと実感できることを増やしてあげることが大切です。

一人を好む人もいるかもしれませんが、いつでも必要な時に関わることができ、直接的な関わりがなくても他者の存在を感じられるという条件が整得ておくことが大切です。


5.『くつろぎ』(Comfort)

身体的な苦痛や緊張感がなく、リラックスして安心できる感情を表しています。

認知症の方は、様々な障害要素により、不安や不快感を感じやすくなります。

ずっと座りっぱなしでお尻が痛い、部屋の空調が暑すぎる、知らない人ばかりの中にいるといったことでも不安や不快感をもちます。

部屋の空調が適温に調節し、ケガや体調不良、身体的な痛みなどの不調はないかをこまめに確認をしながら、外出や多くの人が集まる場所には顔見知りと認識できる方が同行して、その場所にいる意味を感じるための役割をつくるなど、心身がリラックスできる環境になるように気を配ることが大切です。





認知症の方の様々な状態

一生懸命にケアをして、認知症の方が笑顔を見せてくれると嬉しくなります。
反対に、突然理由もなく怒られたりするとガッカリしてやりがいを見失うこともあります。

認知症の方は状態がクルクルとかわるので、ケアする側も一挙手一投足に左右されがちですが、ただにこにこして穏やかであれば「よい状態」なのではありません。

ケアする側の忙しさや体調によって、日々、負担に感じることは違ってきます。
大切なのは、ケアに関わる周囲の人たちが共通した同じ基準を作ることです。

共通した同じ基準を作ることで、ブレが少なくなり、認知症の方が混乱する状況を減らすことができます。
また、共通した同じ基準があれば、認知症の方の笑顔だけでなく、「よい状態」を引き出すケアができるようになります。

トム・キッドウッドと研究グループは膨大な時間をかけて観察し、認知症の方の「よい状態」と「よくない状態」を次のようにまとめました。


「よい状態」と「よくない状態」の目安

【よい状態】

意思表現できる
ゆったりしている
周囲の人に対する思いやり
ユーモアを示す
創造的な自己表現
喜びの表現
人に何かをしてあげようとする
自分から社会と接触する
愛情を示す
身だしなみ(汚れ、乱れを気にする)
あらゆる種類の感情表現


【よくない状態】

がっかりしている時や悲しい時にほったらかしにされている状態
強度の怒り
不安
恐怖
退屈
身体的な不快感
体の緊張、こわばり
動揺、興奮
無関心、無感動
引きこもり
力のある他人に抵抗することが困難



よい状態とよくない状態は、明確に分けられるものではなく、認知症方の日々の様々な要素で容易に変化するので、あくまで目安として考えてください。

認知症になっても、実はいろんなことがわかっていて、感情も豊かに残っています。
しかしケアをする側の認識としては、どうしても「認知症になるとだんだん何もわからなくなる」という誤解が生じがちです。

誤解したまま介護を続けると多くの場合は、
「自分の話を誰も聞いてくれない」「自分は大切にされていない」などの思い込みが進み、徐々に何を言っても相手にされないのだ、とあきらめて自分の殻に閉じこもってしまいます。

何もわからないのだから、とケアする側が誤解して落ちりがちな態度には、

だましたり、あざむいたりする
能力を使わせない
子ども扱いする
怖がらせる
急がせる
わかろうとしない
のけ者にする
後回しにする
無視する


などがあります。


認知症になっても「できることはたくさんある」「わかることはたくさんある」ということを理解して周囲との関わりを大切にしましょう。




まとめ

今回の記事はお役に立ちましたでしょうか。

「パーソン・センタード・ケア」とはどのようなものなのかについて一通りお話ししました。
認知症の方の「よい状態」とは、一般的に周囲との関わりを持ち積極的に何かをしようとイキイキとしている状態のことです。
私が母の介護をして実感したのは、短期記憶(数年の間の記憶)は先に欠落していきますが、長期記憶(昔の記憶)は、ずっとしっかり覚えているということです。
長期記憶を思い出してもらうのも、良い状態へ向かうためのひとつの方法だと思います。

この記事が、認知症の方に対する考え方やケアについて少しでも理解するお役に立ち、介護に対して前向きになっていただければ幸いです。

認知症の看護・介護の役立つ よくわかる パーソン・センタード・ケア

筆者プロフィール

こらっと

大阪生まれ。団体職員兼ライターです。
平日は年季の入った社会人としてまじめに勤務してます。
早いもので人生を四季に例えたら秋にかかる頃になり、経験値は高めと自負しています。
このブログがいきいき生きる処方へのきっかけになれば幸いです。

お問合せはこちらで受け付けています。
info.koratwish@gmail.com


海外からの人材受け入れ団体職員として働いてます。
遡ると学生時代のアルバイトでアパレルショップの売り子から始まり、社会人となってから広告プロダクションでコピーライターとして働きました。
結婚・出産を経て、印刷会社のグラフィック作業員として入社。
社内異動により⇒画像・写真加工部⇒営業部(営業事務)⇒社内システム管理者と、いろんな部署を渡り歩きましたが、実母の介護のためフルタイムでは身動きが取れなくなり、パート雇用として人材受け入れ団体に時短勤務転職しました。

2019年実母が亡くなり、パートを続ける理由がなくなったため物足りなさを感じる毎日でしたが、年齢の壁など一顧だにせず(笑)再びフルタイムで働きたい!と就活し続けた結果、別の人材受け入れ団体に転職しました。
責任も増えましたが、やりがいも増えました。

デスクワーク経験が長く、Office関係の小ワザや裏ワザ、社会人としての経験を共有できれば幸いです。

家族構成は夫がひとり、子どもがひとり
キジ猫のオス、サバ猫のメスの5人家族です。

趣味は、読書、語学学習、ホームページ制作などなど
好奇心が芽生えたら、とにかく行動、なんでもやってみます。

猫のフォルムがとにかく大好きで、
神が創造した生物の中で一番の傑作だと思ってます。
ちなみに「こらっと(korat)」は
タイ王国のコラット地方を起源とする
幸福と繁栄をもたらす猫の総称です。




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似顔絵は、「似顔絵メーカー」で作成しました。