認知症を患っているとして一律にとらえるのではなく、あくまでも一人の「人間」として尊重してケアをしていくというのが「パーソン・センタード・ケア」の考え方です。
人にはそれぞれに個性があり、これまでの人生や人間関係など、様々なバックグラウンドがあります。
そういった個々の要素を踏まえてケアを行っていく必要があると考えられているのです。
かつて認知症になった方たちは、何もわからなくなり、何もできなくなった人、または、奇妙な行動をする人と考えられ、食事や排せつ、入浴などの身体的な世話をすることだけが必要だと思われていました。
トム・キッドウッドは、その考えに疑問を抱き、膨大な時間をかけて認知症をもつ方を観察した結果、認知症になると皆一律の行動をとる訳ではないことがわかりました。
そこで、その人の生活歴や習慣、趣味などの背景に着目してサポートすることで、悪化しているように見える認知症の状態が改善できるかもしれないと考えたのです。
「認知症になると何もわからなくなる」という見下すような態度の根底にあった社会そのものの考えを根本的に変えるため「パーソン・センタード・ケア」を提唱しました。
近年では、認知症ケアの考えが大きく変化しはじめています。
日本においても、認知症の予備軍の方が700万人を越えるようになり、困難を抱え苦しんでいることに多くの人々が気づきはじめました。
研究が進む中で、今は「認知症になると何もわからなくなる」というのは誤解だという認識が広まりつつあります。
「パーソン・センタード・ケア」では、常に認知症をもつ方の立場にたって考えることを目標としています。
認知症になると、自己表現がうまくできないことが多いため、人として扱われないことに不満や悲しみがあってもきちんと伝えることができません。
それが積み重なっていくと「怒り」→「あきらめ」→「無気力」という流れに陥り、認知症をさらに悪化させてしまいます。
「パーソン・センタード・ケア」を実践することで、驚くほど認知症に回復が見られるのです。
認知症を抱えていても、一人ひとりの声に耳を傾け、その人の人格を尊重するケアは、たとえ重症化した状態であっても、その方本来の姿を引きだす可能性を秘めていると言えるでしょう。
認知症の原因となった疾患の影響だけでなく、ほかにも複数の要因との相互作用で起こります。
認知症の言動を引き起こす要因として、次の代表的な「5つの要素」があります。
認知症を理解するヒントにもなります。
【認知症の5つの要素】
1.アルツハイマー病、脳血管障害などの『脳の障害』
アルツハイマー型認知症は、認知症の原因として最も多く、記憶障害と行動に最も影響をおよぼす要素です。
認知機能が衰え、それまでできていたことができなくなることで、まるで濃い霧に包まれたような大きな不安や不快感を常に抱えることになります。
。 例えば、
最近のことを記憶できない→短期記憶の欠如
今がいつで、ここがどこからない→時間感覚の欠如
言葉を聞いても理解できない、うまく話せない→言語理解の欠如
動作の手順や物の扱い方がわからない→行動手順の欠如
普段と違ったように物が見える→空間感覚の欠如
道筋をたてて考え、判断することができない→論理感覚の欠如
などです。
誰しもこのような状態が続くと、パニック状態に陥ってしまうことは十分に理解できますよね。
ケアをする側が本人の行動や背景にある機能障害を理解することで、日常生活の困難を減らすことが可能になってきます。
2.筋力や視力・聴力の低下、合併疾患などの『身体の状態』
「パーソン・センタード・ケア」では、まず第一に、認知症の人を健康な状態に保つことを重視しています。
健康状態は、認知症の行動・心理状況に非常に大きな影響を及ぼします。
認知症が進行するにつれて、体調不良や体の痛みなどを自覚したり、きちんと説明することが難しくなります。
例えば、感染症、便秘、脱水、栄養失調、疾患の悪化、薬の副作用などによる体調不良や白内障、緑内障による視力の低下、聴力の低下による感覚機能の衰えによって不安や不快感が増していないか、など。
突発的な行動の裏に、思わぬ病気や体調不良などが隠されていることが多いので、こまやかな観察と気づきが必要となります。
3.職歴、趣味などこれまでの『生活歴』
人それぞれ、これまで歩んできた人生によって、物事の考え方やとらえ方は大きく異なります。
それは認知症を発症していても変わることはありません。
生い立ちや過去の職業、習慣や好み、こだわりなど、過去の出来事を知ることで、その人の物事の考え方やとらえ方がわかる手がかりになります。
過去の情報と現在の生活にずれがある場合、不満や不安を抱えている可能性が大きいと思われます。
4.気質、こだわり、行動パターンなどの『性格』
同じ出来事に遭遇しても人によって対処方法は様々です。
社交的な性格であれば、わからないことが多くても大したことではないと、積極的に周囲に聞くでしょうし、人づきあいが苦手であれば自分の殻に閉じこもってしまうかもしれません。
他人の世話になりたくない人と頼りたい人
気が短い人と気が長い人
正反対の性格では行動のとり方も全く違います。
本来の性格や傾向を無視した関わりや介護は混乱を引き起こし、認知症の症状を悪化させてしまう場合があります。
例えば、内気で人づきあいが苦手な人を、無理やり大勢の場でのイベントなどに連れ出したとすると、激しい拒否反応を示すことがあると考えられます。
なんでも認知症のせいだと片付けず元々その人が持っている性質や傾向を把握しておくことが大切です。
5.これまでの人間関係の傾向など『取り囲む環境・社会』
認知症になると、物忘れや時間、場所がわからなくなるなど、知的な能力の衰えが見られます。
しかし、感情やプライドは昔のまま変わらず豊かに残っていて、周囲の人が自分をどのように思っているかを、これまでよりも敏感に感じとっています。
何もわからない人のように扱ったり、子どもに対するように接したり、のけ者にしたり、その場しのぎのウソをついたり、というような本人のプライドを傷つける行為をしていていないか注意することが必要です。
上記のような扱いを受けるとはじめの元気なうちは、怒りなど反応を示すことができても、それが24時間365日続きさらに認知症がすすんでくると、生きる意力を失う恐れすらあります。
一日中ボーっと過ごすようになったら、認知症が重症化したのではなく、すべてあきらめて無気力になった姿かもしれないと考える必要があります。
このように「5つの要素」に分けて考えると、認知症をもつ方の行動や状態について多くのことがわかってきます。
5つの要素を手掛かりにして、その方に対する適切なケアは何なのかを見つけていくことが大切です。
具体例を挙げると、「お風呂に入ろう」という声掛けをしたときに怒りだした場合は、
・「風呂」という言葉がわからずどこかに連れて行かれるという恐怖からの怒り
・身体のどこかが痛くて動きたくないという怒り
・人前で衣服を脱ぐという恥ずかしさからの怒り
・お風呂は寝る前に入りたいというこだわりからの怒り
など、背景はさまざま考えられます。
間違ってはいけないのは「とにかくお風呂に入れてしまえばいい」ということではなく、どんな背景があって怒っているのか、どうすれば気持ちよく入浴をしてくれるかを見出すかが大切なのです。
まとめ
パーソン・センタード・ケアは、決して難しいケア方法ではありません。
例え初めは反応が感じられなくても、会話の輪に入っていることを実感してもらうなど、小さなことからでもはじめられます。
認知症の方は、自分を表現することが決してうまくないので、なぜそのような行動をとるのか、どうしてほしいのかを介護する側がきちんと読み取るしかありません。
しかし、行動にはすべて意味があり、その行動を見て「もしや…」と気づけることができれば、それが適切なケアにつながります。
そういった関係性を築くことができれば、きっと認知症をもつ方も、イキイキと自信をもって多くのメッセージ伝えてくれるようになるのではないでしょうか。
次回は、認知症の方が持つ5つの要素から発生するニーズをどう満たしていくか、についてお話します。
認知症の看護・介護の役立つ よくわかる パーソン・センタード・ケア