死後の世界は未知のため、死に対する考え方や価値観は人それぞれです。
信仰に影響されることが多いと言われますが、日本人は特定の宗教を信仰している人が少なく、その影響はあまりないようです。
きっかけとして、家族や友人が亡くなったり、自分自身が大病や事故で生死をさまよう体験をすると、死について考えたりしますが、それは今をいかに生きるか、ということにもつながるものです。
死生観とは、死は誰にでもいつか必ず訪れるという前提のうえで、今をどのように生きるかを考えること。
死について前向きに考えることで、きっと豊かな人生を過ごすきっかけになるはずです。
2060年には日本人女性の平均寿命は90歳を超えると予想されています。
平均寿命が延び、私たちは高齢者として生きる時間がかつてより長くなっています。
しかしどんなに寿命が延びようとも、死なない人間はいません。
誰もがいつか最期のときを迎えます。
いざ自分が人生の最後を迎えた時に、困ったり後悔したりすることがないよう、老いと死について、そして死生観について考えてみたいと思います。
どんな人生でも、それは自分自身が選んだ人生ですから、どのように老い、どこで最期を迎えるかも、人それぞれ考え方が違うのが当たり前です。
とはいえ、やはり多くの方は、住み慣れた場所で、介護・医療ケアを安心して受けられる環境で、最期のときを迎えたいと考えるのではないでしょうか。
2019年の内閣府の統計によると、60歳以上の男女のうち「介護を受けたい場所」を「自宅」と回答している人は、男性で42.2%、女性では30.2%。
「介護老人福祉施設に入所したい」と回答しているのは、男性で18.3%、女性で19.1%となっています。
また「病院などの医療機関へ入院したい」と回答した人の割合は、男性で16.7%であるのに対し、女性は23.1%となっています。
女性は男性よりも老後は病院や医療機関での生活を望む傾向が高くなっている傾向が窺えます。
さらに、「どこで最期を迎えたいか」という問いに対して半数以上が「自宅」を望み、5人に1人以上が「病院などの医療施設」を望んでいることも明らかになっています。
人生の最後を考えたとき、「やり残したこと」「やっておきたいこと」が出てくるかもしれません。
今の生活に満足している方ならまだ「あれをやり残している」とは思いつかないかもしれませんが、そんなときは、自分の記憶を振り返り、これまでの人生と向き合ってみましょう。
「自分史年表」のようなものを書きだしてみるのもいいかもしれません。
忘れていた思いがよみがえったり、新しい発見があったりするものです。
その記憶から「学生時代の友人と会いたい」「新婚旅行の場所にもう一度行きたい」など、やりたいことが思い浮かんでくるはずです。
思い浮かんだやりたいことをリスト化し、すぐに実現できるものから実行していけば、後悔が少ない最期を迎えられるのではないでしょうか。
少子化に伴い身寄りのない高齢者が増えてくる中で、多くの介護施設や医療機関では、入所・入院の際に「身元引受人」を立てることが必要です。
その理由として、病状が悪化したときや息を引き取られたときに遺体の引き取りや葬儀の手配などを「身元引受人」が行うためです。
しかし、身寄りがない方にとっては、身元引受人を頼める人がいないという方も少なくなありません。
私がボランティアとして受任している市民後見人制度においても、被後見人の身元引受人にはなれず、本人の意思や希望を元気なうちにしっかりと聞くことが精いっぱいなのです。
人は皆、毎日、生きるために忙しくて、死のことなど具体的に考える余裕などないかもしれません。
しかし、考えていようがいまいが死は誰にでも訪れる、人生の最後の大きな出来事です。そして誰がいつ死ぬのかは、自分にも他人にもわかりません。
いざ最期を迎えるときに、家族や身近にいる大切な人たちにしっかりと自分の遺志を伝えられているかどうかは、死にゆく時ではありますが大きな課題になります。
「日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団」が2012年に全国1,000名の男女を対象に行った意識調査では、「理想の死に方」について「ある日、心臓病などで突然死ぬ」、もしくは「病気などで徐々に弱って死ぬ」のどちらかを選択してもらったところ、全体の約70%の人が「ある日、心臓病などで突然死ぬ」ことを望み、その傾向は年齢が高ければ高いほど強いことがわかりました。
この理由として、「家族に迷惑をかけたくない」というものが大多数を占めています。
一方で、「病気などで徐々に弱って死ぬ」ことを理想と考える人は、その理由として「死ぬことへの心の準備をしたいから」と挙げています。
子どもが独立し、親と離れて暮らしていれば、亡くなった時に故人がどんな交友関係を築いていたのかがわからず、誰に知らせればいいのか困ってしまうことが起こります。
また、個人が生命保険をかけていることを遺族が知らず、請求しないまま、未払いとなってしまうケースも多くあります。
いざ死に直面したとき、大切な家族や周囲の人が困らないように、そして後悔しないように、元気でいるうちに少しずつ準備を進めておくことが、悔いのない人生の最期を迎えるために必要不可欠な大切な課題なのではないでしょうか。
たとえ本人が自宅で最期を迎えることを望んでいたとしても、介護者がいない、あるいは老老介護の世帯では、たとえ訪問診療や訪問介護という制度を利用したとしても難しいのが実情です。
高齢化に伴い、高齢者医療は「治す」から「支える」へ変化しています。
多くの高齢者が病院で最期のときを迎えている一方で、医療費の増大に伴い、国は在宅での療養生活ができる環境の整備に力を入れはじめています。
しかし国は医療費を抑制するために在宅医療を推進しているとも言え、充分な議論がなされないまま住まいや医療、介護を地域で賄う「地域包括ケア」という錦の御旗のもと、国の主導で介護と医療の人生の最終段階における連携を強化することが求められています。
日頃から自分自身の終末期をどこで過ごすのか、どんなケアを行うのかについての話し合いを、家族や医師、介護スタッフと話し合いをしておくことは、自分の望む終末期を過ごすには大切なことです。
実際に「人生の最終段階における医療に関する意識調査」(2017年度)では、人生の最終段階における医療ケアの方針を家族と話し合った人は、医療・介護関係者以外では約40%と半数にも満たない結果となっています。
死期が迫り自分で意思表示ができなくなる前に、治療方針をあらかじめ決めて文章で残しておく「リビングウィル」を作成しておくことや、どこで終末期を迎えるかと同時に、どう迎えたいのか、日頃から家族やかかりつけ医やケアマネジャーと話し合っておくことは大切なことではないでしょうか。
ひとり一人の高齢者が、自分自身の望む終末期を過ごすことができるように、社会全体で体制を作っていくことが必要になっています。
また、個人でも信頼できるかかりつけ医を見つけたり、家族や医師と、いざというときのことをきちんと話し合っておいたりすることなども必要です。
終末期を迎えるための準備を少しずつ進めることが老い支度の作法として大切な時代になってきているのです。
そのために、ここからは神戸大学が厚生労働省の委託を受けて作成した、『これからの治療・ケアに関する話し合い-アドバンス・ケア・プランニング‐』を参考に、アドバンス・ケア・プランニングの「5つのステップ」を見ていきたいと思います。
ステップ 1:まずは自分の人生観を考える
「自分が大切にしていることは何か」を考えてみましょう。
「もし生きられる時間が限られているとしたら、自分が大事にしたいと思うものは何か」について考えます。
「家族や友人」「ひとりの時間」。
人によってさまざまなイメージすることでしょう。
そこからさらに考えを進め、親しい人が危篤状態になったとき、あるいは親しい方を亡くしたときの経験を思い出し、自分が「こんな最期は嫌だ」と感じるのは、具体的にそれはどんなことに対してなのか、もし今後、危篤や重体など自分が同じような状況になったとしたら、どんな治療やケアを受けたいのかについて考えます。
そして「どんな状態になったら、生き続けるのは大変だと感じるのか」「生き続けるのが大変な状態になったとしたら、どのように日々を過ごしたいのか」についても考えましょう。
ステップ 2:あなたにとって信頼できる人は誰か
次に、自分が信頼できる人は誰なのかを考えます。
信頼できる人とは、自分の考えを自分の意思で伝えられなくなったとき、自分の代わりに「どんな治療やケアを受けるのか」「どこで治療、ケアを受けるのか」といったことについて話し合う人のことです。
一般的には、配偶者、子ども、兄弟姉妹、親戚、友人、親、医療・介護従事者などが該当しますが、自分の身に万が一のことが起こったとき、自分の価値観や人生観を理解して、それに沿った話を自分の代わりにしてくれるのは誰なのかは、慎重に考える必要があります。人によっては、必ずしも家族や友人を選ぶとは限りません。
「信頼できる人」「価値観を共有できる人」に、自分の身に何か起きたときにどうして欲しいのか、前もって話し合いの場を持ち、気持ちを率直に伝えておくことです。
ステップ 3:主治医に病気について質問しておく
既にあなたが病気療養中なら、自分の病名や病状、今後受けるであろう具体的な治療やケアについて、医師からどのくらいの説明を受けたのか考えてみます。
もし不明点や疑問点、知っておきたいことが思い当たった場合は治療やケアによって受けるメリット・デメリット、別の治療やケアの方法、余命はどのくらいかなどを積極的に主治医に質問することが大切です。
ただ、「予想される病気の経過」や「余命」については、「自分は本当に知りたいのか」と自問自答することも大事です。
「知りたい」あるいは「知りたくない」と感じたときには、なぜそのように感じたのか考えてみましょう。
また、自分の病気やケアについて知っておきたいと思うことがあれば、ノートやメモ帳に書き出しておくと、医療・介護従事者に会った際に質問しやすくなります。
ステップ 4:信頼できる友人や家族と話し合う
もし治療が不可能な病気にかかり、その後に症状が悪化して周りの人に自分の意思を伝えられなくなったとき、どのような治療やケアを受けたいか、延命を重視する治療なのか、延命効果は期待せず、自分らしい生活を送れることを大切にするのか、あなたが「行ってほしい治療」「行ってほしくない治療」について考え、家族や友人など信頼のおける人と話し合いを行っておきましょう。
ステップ 5:医療・介護スタッフにも共有する
「信頼できる人」との話し合ったことは、話し合いの範囲を医療・介護従事者に拡大することも重要です。
自分が望んでいるケアのあり方を信頼できる人と共有できても、それが医療・介護従事者の考えと食い違った場合、その判断に迷いが生じます。
信頼できる人にだけと話し合いをするのではなく、医療・介護従事者とも話し合いをし、自分の希望、考えを伝えておきましょう。
また話し合いは、必要に応じて繰り返し行うことも大切です。
時間の経過とともに気持ちが変わり、以前望んでいた治療、ケアの方法を受けたくないと思うようになるかもしれないからです。
気持が変わったことを伝えないままでいたら、望まない治療、ケアが実践されてしまいます。
気持ちが変化したら、その都度、信頼できる家族や友人、医療・介護従事者と話し合いを行い、自分の意思を伝えておくことが大事です。
また、前もって病状や症状に変化があったときに備えて「万が一のときはこの治療、ケアで良いのか」と考えを整理しておきましょう
まとめ
自分がどのように死を迎えるか。
延命治療を受けて最期まで生き抜きたい方、緩和ケアを受けて穏やかな死を望む方、あるいは治療をせず自然な死を迎えたい方など、その望む形はさまざまです。
どうするのが自分にとって最善なのか、自分自身で最終的な判断を下せるように、医療や介護の専門家も交えて、事前に話し合っておきましょう。