私が「生きる意味」を考えざるを得ない壁にぶつかったのは、娘が「生きている意味は何?」と私に投げかけたときです。
私自身これまで生きてきた中で「人生の意味」「生きる意味」を真剣に考えたことがなく、フランクルの創始した心理療法、ロゴセラピーに触れる機会がありませんでした。
生きる意味は何か?と聞かれても正直どう答えてよいかわからず、ではどうすれば知ることができるのかもわからず「生きる意味って何だろう」という疑問は私の頭から離れなくなりました。
そんな時、書店で偶然目についたフランクルの著書っが「生きる意味を求めて」です。
背表紙の、生きる意味…という文字を見つけたとき、求めてきた本に出合えたと直感して手に取りました。
それからずっとフランクルの言葉とロゴセラピーに励まされています。
フランクルの言葉は斬新で大胆でありながら、苦しみの中にあってもクスッと笑ってしまうユーモアがあります。
生きづらさや苦しい思いを抱えている人がここでフランクルに触れて、気持ちを切り替えるトリガーになれば、このブログも意味のあるものになるかもしれません。
収容所で人間としての尊厳やアイデンティティを根こそぎ奪い取られ、名前すらも奪われた生活を強いられました。
運命にもてあそばれるだけの存在となった人々は、もはや自分を無価値なものとしか思えなくなっていきました。
昨日まで傍らで息をしていた人が、朝になったら冷たくなっていることや、ある日突然ガス室に連れて行かれ、死体となって冷たい穴に埋められてしまうことが日常の現実。
過酷な肉体的重労働に加え、一日一度の食事は粗末なスープが配られるだけ。
そんな状態の終わりがまったく見えない中、自分の命さえいつまであるのか、いつ死ぬのか、誰もわからない状態が毎日続くのです。
自分の夢や希望を追い求め、それを実現にするために努力することが「生きる意味」と言うのであるなら、強制収容所の収容者たちには、そうした「意味」を追求する可能性さえ奪われてしまっていたのです。
この言語を絶する状況を囚人として生き抜いたフランクルは、そこでの自らの体験と人々の姿を 『夜と霧(強制収容所における一心理学者の体験)』 など数多くの著書において語り伝えています。
すなわち、人生から何を我々はまだ期待できるかが問題なのではなく、むしろ、人生が何を我々から期待しているかが問題なのである。
…我々が人生の意味を問うのではなくて、我々自身が問われた者として体験されるのである。」
と述べています。 「私は、もう誰にも何にも期待できない。こんな人生に、どんな意味があるのか」と自暴自棄に人生を恨み、人生を放り出すのではなく、また、人生に何かを期待するのでもなく「私は、人生から何を問われ、何を期待されているのか」と、観点を人生から見るという生きる意味の問いを180度転換(コペルニクス的転換)する意識を持つことがとても大切なのです。
問いの主体を、自分ではなく人生に移すのです。
この転換によって、人生はいかなる状況においても決して無意味にはなりえないことが明らかになるとフランクルは言います。
強制収容所という極限状況のなかで、生きることは、人生からの不断の問いかけに対して自分がどう応答するかであると、フランクルは確信したのでした。
うまくいかない時、苦しく不安な時、時に私たちは、自分の立場や観点からだけの目線で、人や社会や何か目に見えないものに対し、傲慢に怒りをぶつけ、自暴自棄な言葉を吐きに、自虐的になることもありますが、どんな時でも私たち自身が問われる立場であること、その問いに対して出来る限り意味ある態度で応えようと努力することを、決して忘れてはいけないのだと思います。
まとめ
しかしこの想像を絶する過酷な苦難を乗り越えた精神力は、時代や状況の違いによるだけではなく、人生に対して何かを期待し、その期待が叶わない状況になると、時に絶望してしまう私たちの精神の在り方を疑い、実は私たち一人ひとりにこそ、自らの人生において自分にしか答えられない人生からのその瞬間の問いに気づき、意味ある応答をしているか、と自問しながら行動することで養われていくものなのかもしれません。