一日一回一粒の錠剤を飲めば完全栄養が取りこまれ生命が維持できるとしても、それを積極的に選ぶ人は少ないでしょう。
人間は食べる喜び、食べることへのこだわりがないと人生の楽しみの大部分が削がれてしまう気がするのです。
母を介護している時に認知症の影響と自歯がない影響で、母も私も食事に対する姿勢が次第におっくうになったことがありました。
母は高血圧の持病を抱えていたので、日ごろから塩分控えめの食事を別に用意していたのですが、認知症がすすみ生活の中で介護に負担がかかるようになると、母の食事と家族の食事の両方をちゃんとやることに物凄いストレスを感じるようになっていきました。
今回は母の思い出から考える高齢者の食事について書きたいと思います。
しかし高齢になるとさまざまな原因により食べることが難しくなっていくのは事実なのです。
私自身50代に入ってから時々食べ物や飲み物を飲み込むときに間違って気管にはいり、思い切りむせて呼吸がしばらく出来なくなることが起こり始めました。
若い時には同じことが起きてもどうってことなかったのに、この年でなると本気で「死」がよぎります。
80代を迎えたころから、母も明らかに食べる機能が衰えていきました。
高齢による身体機能の衰えとともに噛む力や飲み込む力が衰え、体内での消化機能も衰えていきます。
さらに生活の運動量が減るためお腹が空かなくなるようで、食欲自体衰えていきます。
他にも味覚が鈍くなる、喉が渇く感覚が鈍くなる、手が震え食べる動作が遅くなる、食事する行為で疲れてしまう、など、食べることに伴う辛さやしんどさで、おいしいものを食べることが大好きだった母ですら興味がなくなっていくようでした。
ひとりで食べることが困難になり食事介助をし始めたころから、どうすれば以前のように母が楽しく喜んで食べてくれるようになるのかばかり考えるようになりました。
母は高血圧の持病を抱えていました。
認知症を発症してからは入れ歯を忘れることが増え、さらに入れ歯をすることがイヤになり「これは私のじゃない」と拒否されてしまうこともしばしば。
入れ歯が合わなくてイヤなのか、と歯科医で何度か作り直してもらってもしてくれない。
自歯がないので偏食になり柔らかな菓子パンや果物ばかり欲しがるようになりました。
栄養バランスが心配になり何か良い方法はないかと考えましたが、どうしたらよいのかさっぱりわからず、私だけの努力で母のために料理の工夫をすることには限界が来ていました。
また、認知機能が落ちてくると目の前になるものが食べ物であるということもわからなくなり、お箸やスプーン、フォークの使い方もおぼつかなくて介助者が口に運んであげなければならなくなります。
認知症は時間の観念がなくなっていくので食事にむらがでて、朝・昼・夜の3食を決まった時間に食べることがなくなります。
それで介助者は栄養がとれていないのでは、とますます心配になるのです。
食卓に並んだ食べ物を見ることで唾液や胃液が分泌され、これから食べ物が入ってくるぞ、と身体が準備を始めます。
食べ物は口の中で飲み込みやすい形にまとめられ、噛んで唾液と混ぜ合わされて飲み込みやすい形にまとめられます。
まとめられた食べ物が喉の奥に送られ食道を通って胃へ送られていきます。
この時、脳に信号が送られて反射的に食べ物を飲み込むのです。
嚥下とは食べ物を飲み込んで胃に送り込むことです。
若い時は嚥下時に食べ物が逆流したり気管への入り込んだりすることを防ぐ仕組みが働きスムーズに食道を通って胃へ送られますが、高齢になるとこのシステムがうまく作動せず食べた物が気管に入ってしまう「誤嚥」と言う嚥下障害が起きます。
嚥下障害のリスクは大きく窒息や肺炎を招くことがあります。
誤嚥により食べ物が気管に入り込み、食べ物に付いていた細菌が原因で誤嚥性肺炎を発生します。
誤嚥を防ぐいくつかポイントをご紹介します。
1.とろみ調整食ややわらかい食品などを利用する
2.口の中を清潔にしておく
3.食べてすぐ横にならない
4.体力をつけておく
食べ物にとろみがあると誤嚥しにくくなります、また、肺炎の元になる細菌を抑えるために口腔内はいつも清潔にしておきましょう。
昔は「食べてすぐ横になると牛になるよ」と言ったものですが、高齢者は胃から食道への逆流を防ぐために食後2時間程度は起き上がった姿勢で過ごしてください。
仮に肺炎にかかったとしても、回復しやすい体力をつけておくことが大切です。
噛む力や飲み込む力が低下しても、やわらかさやとろみをつけるなど食べ物の形状を工夫すれば、充分食事を楽しむことができます。
各々の能力に応じて、食べやすいものを選ぶことが大切です。
プライドの高い母は食事介助をあまり受け入れてくれず、最後までできるだけ自分で食べることを望んでいたので、介助拒否されたときのためにいつも食卓には母が自分で使うユニバーサルデザインの食事補助具を置いていたので、いつでも自分で食べたいと思えば食べることが出来る安心感があったようです。
また食事の際ですが座り方についてもお尻が前に滑った「すべり座位」は腹を圧迫して食事行為自体がつらくなり誤嚥の原因になりやすいので、まずはしっかりと姿勢を正しく座ってもらうことです。
母の場合自歯がなかったのですが、入れ歯をしていた時は固いせんべいでもかみ砕いておいしそうに食べていました。
入れ歯を拒否し始めてから次第に柔らかいものでないと噛めなくなってきましたが、まだら認知症の頃までは歯茎だけでも普通に美味しく食事していたから驚きです。
認知症が進んだり、自歯がなくなってきた時のために参考にしてほしいのがユニバーサルデザインフードです。
ユニバーサルデザインフードは、年齢や障がいのあるなしにかかわらず、普段の食事から介護食まで、できるだけ多くの人が利用できるように考えられた「みんなにやさしい」食品のことを指します。
高齢者だけでなく、歯の疾患で固いものが噛めない人や食べ物を飲みこむ力が弱い人でも、ユニバーサルデザインフードならおいしく、簡単に食べられるのです。
それぞれの状態に適した食品は、日本介護食品協議会が制定する食品の「かたさ」や「粘度」に応じた4つの区分を食品選びの参考にしてください。
●ユニバーサルデザインフード区分表●
まとめ
噛めない、飲み込みにくいとなると、高齢者本人の意志に関係なく介護者が安心するために流動食や刻み食に切り替えてしまいがちですが、食物を口に入れてから飲み込むまでのどこに問題があるかを探ることで、食事の楽しみを最後まで感じてもらうことが大切です。
やはりどうしてもきざみ食や流動食では、食べる楽しみを充分に感じることはできません。
盛りつけられた食べ物を見ることから食事はすでに始まっています。
安全を優先することは大切ですが、味や形状にも配慮をして食事を充分楽しんでもらいましょう。
私の場合ですが、母に食事の楽しみを感じてもらうためにやわらかさのレベルに応じて3つの食事コースが用意されている「やわらか宅配食」 と「ベジ活スープ食」を利用させてもらっていました。
「やわらか宅配食」 は、咀嚼や飲み込む力に応じてユニバーサルデザインフード的な段階があり、固い食べ物やや苦手な方向けの食事から、ムース状の食事まで網羅されています。
母も食べられる段階に応じて順次対応してもらいました。
また汁物が好きだった母に「ベジ活スープ食」を一緒に頼んでいました。
配食されたものを再度軽くブレンダーで細かくして出していたのですが味わいが良くいつも全部飲んでくれたので、野菜不足の心配をしなくてすんだのが何よりでした。
介護者の負担も大幅に軽減され、本人もおいしく納得のいく食事が可能になるのは本当にありがたいなぁ、と今の時代にしみじみ感謝しました。
それぞれに好き嫌いがあり味付けの好みもあると思いますが、人生の最後までおいしく楽しく食事ができることが一番なのではないでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。