しかし、単調な生活は逆に老化を進めてしまうこともあります。
抗加齢医学のエキスパートとして知られる、医学博士で慶應義塾大学名誉教授の伊藤裕氏によれば、程よく「いいストレス」を感じられるルーティンを作ることが寿命を延ばすことにつながると提案しています。
今回は、著書『老化負債臓器の寿命はこうして決まる』(朝日新書)より、60歳を超えたら試してほしい「いいストレス」を生む五感の磨き方をご紹介します。
老化は人生という営みの中で起こる「ひずみ」によって生じ、放置しておくとどんどん蓄積していって、生活を続けるうえでの大きな支障になります。
これが「老化負債」です。
しかしこれは気を付けて努力すれば「返済」することもできます。
つまり、老化は生活と地続きにあって「なんとかする」余地のあるものなのです。
年を重ねると身体をうまく労(イタ)わることが大切になってきます。
高齢者では「老化負債」を「返済」する能力が低下してきますし、最初に老化を意識する中年の時期に比べると返済期間も短いので、溜め込まないように、その場その場で「老化負債」を返却することを心がけたいのです。
一番大切なのは、老化負債返済の基本に立ち返ること。
すなわち、なるべく自分自身の心身に合ったリズムを保つ生活、リズムを変えない生活を心がけることです。
そうすれば、ミトコンドリアは生きるためのお金、ATPを生み出し続けますし、また活性酸素の発生が低く抑えられ、遺伝子を傷つけることも少なくなります。
実際は、同じ人であっても、年を重ねるにつれて自分のリズムは変わっていきます。
波動の振幅は小さくなり、また周波数は低下していきます。
それゆえ、リズムを変えないでおこうとする努力があって初めて、リズムの変調に対して無理なく自然に合わせていくことができるようになります。
しかし、「規則正しさ」を意識するあまり、ただただ平々凡々な変化のない生活を送っていても逆に負債が溜まっていきます。
日々の自分の心身に合ったルーティン(反復)を知り、それを守りながらうまくストレスを「楽しむ」ことが望まれます。
ルーティンからの予測と現実のほどよい差分、予測誤差に期待することで「ワクワク」感が生まれます。
平静と非日常のオンオフのいいリズムを持つことが大切です。
高齢者にとっては、ルーティンを大切にすることで、セロトニン、メラトニン、オレキシン、オキシトシン、ビタミンD、心臓血管ホルモンなどがうまく分泌されます。
オキシトシン…抱擁など、皮膚への接触でその分泌が増え、性別にかかわらず自分が見つけた「パートナー」を愛おしく思う気持ちを与えます。
心臓血管ホルモン…心臓から分泌されるホルモンで、血管を広げ、腎臓に働いて、余計な水分や塩分を排泄することで血圧を下げます。
セロトニン、メラトニン…それぞれ昼のホルモン、夜のホルモンとして、日内リズムを形作ります。
オレキシン…昼間に分泌されて、やる気、活気を与えるホルモンです。 逆にその抑制剤は副作用が少ない質のいい睡眠をもたらす睡眠剤として臨床の場でよく使われています。
ビタミンD…日の光を浴びることによって作られるホルモンです。 骨を強くする作用が有名ですが、体の防御力を上げる作用もあり、がんの発生も防ぎます。
2021年の統計では、1年の日照時間が最も長かったのは、山梨県で2320時間、最も短かったのは、山形県の1735時間(全国平均2034時間)でした。
日照時間の少ない東北地方では、大腸がんの発生が多いという調査結果があり、ビタミンDと発がんの関係が指摘されています。
夏場の日中は、暑さ、熱中症さらに顔のたるみなどにも要注意ですが、一度は、外に出て太陽の光を浴びることが大切です。
こうしたホルモンをうまく利用して、老いに対する「いたわり」を持ちましょう。
年を重ねるにつれて、だんだんと心身にきついと感じることができなくなります。
しかし日々の生活のリズムの反復の中に小さな差分を見出して、それを楽しむことで「ワクワク」感を持つことができます。
そのためには五感を鋭くして、自分の周囲の状態を敏感に感じ取り、そして、日々の生活の中で生まれる小さな驚きを大切にする習慣を持つことです。
自分のリズムは五感を使って自分の身体自身が感じ取るものです。
年を重ねるにつれ活動量は低下し、どうしても日々のリズムの振れ幅、振動の回数が減ってくるので、なるべく自分の感覚をフルに動員し、その感度を上げて、小さな変化を見つけるようにしましょう。
その過程で自分に合ったいいリズムを見出すことができれば、もともと脳は「リズム好き」なため、自然とそのリズムを増幅するように気持ちも体も活性化されていきます。
周囲の自然や接する人など自分の外の世界だけではなく、自分の内の世界、つまりお腹の空き具合、便通や歩いた時の心拍数の増加、息を吸い込んだ時の爽快感、息切れしないかなどの身体の具合、内臓の調子にも目を向けるようにしてください。
そこに「ワクワクの素」があります。
外の世界に対して耳をふさぐような態度はもったいないです。
電車の中や歩いている時、ずっとイヤフォンをしてスマホを食い入るように眺め、ときに前から歩いてくる人にぶつかる様子をよく見かけるのですが、このような生活はワクワクを遠ざけることにしかなりません。
私たちは頭がぼけてくるから身体の感覚が鈍感になっていくと考えがちですが、これは逆で、体の感覚が鈍るからぼけてくるのです。
体の知覚、五感の感度を上げる楽しい努力が大切です。
60歳を超えたら試してほしい行動の具体的な例をお示しします。
〇味に対する感度を上げるために、ささやかでも「ホンモノ」を追求してみる
〇お茶やコーヒーの作法を調べて丁寧に淹(い)れて味わってみる
〇旬のものを知って、意識的に食べてみる
〇いつも使っている調味料と違う銘柄を買ってみる
〇おいしい野菜の選び方を調べて、買う時に気をつけてみる
〇色に関する感度を上げるために、色彩に意識を向ける生活をしてみる
〇展覧会に出かけてみる
〇絵本を読む
〇洋服のスタイリングや、髪の色なども「年だから」とは思わずに、楽しむようにする
〇聴覚の感度を上げるために、これまで聴いたことのない、さまざまなジャンルの音楽を聴いてみる
〇大晦日は子どもや孫と一緒に『紅白歌合戦』を見てみる
〇家事の最中にラジオを流しっぱなしにして、ちょっと「いいな」と思った音楽を書き留めておく
〇美容院やレストランでかかっているBGMで、気になったものは曲名をたずねる
などです。
その他にも、料理への挑戦やペットの飼育、観葉植物や野菜の栽培などもいいですね。
料理はあまり体力を使わなくてよく、しかし構成力が要求されます。
ペットは絆ホルモンのオキシトシンの分泌を高めてくれます。
植物、動物を「育てる」ことは、自分が勝手にはコントロールできない自分の外の世界のものを謙虚に、一生懸命に観察しケアすることです。
枯らしてはいけない、死なせてはいけないという適度の緊張感、ストレスとスクスク、ときに予想以上に成長していく様を眺めるワクワク感が生じます。
最近流行りの「推し」を持つことも、ある意味自分が「推す」人を「育てて」いると勝手に思い込むことであり、似た効果があるかもしれません。
まとめ
日常生活の中で無理なくできることから、ぜひ試してみてはいかがでしょうか。