そのなかでも近年、腸の不調が脳に影響を及ぼすことが注目されており、腸内細菌のコントロールが認知症予防につながるのではないかと言われ始めています。
今回は、国立長寿医療研究センター・物忘れセンター副センター長の佐治直樹氏著書『認知症専門医が見つけた! 脳の寿命をのばす食べ方』より、認知症と腸内細菌の関係についてご紹介します。
一般社団法人日本神経学会の「認知症疾患診療ガイドライン2017」には認知症を予防する要因として、適度な運動、余暇活動、社会的参加などとともに食事因子が挙げられています。
しかし、毎日の生活の中で実際にいただくのはどんな食事がいいのか、どういう献立がいいのかなどは、具体的にイメージしにくいという方も多いことでしょう。
食べ物と脳の関係を解き明かすために、注目したのが腸内細菌です。
腸内細菌やその代謝産物から、脳と腸がお互いに影響を及ぼし合う「脳腸相関」や「腸脳相関」と呼ばれる関係を調べていくと、食事が認知症に与える影響が解き明かされるのではないかと考えられるからです。
腸内細菌と脳の病気の関係については近年研究が進んできています。
例えば2021年2月には総合科学学術雑誌「nature」が、腸内細菌と様々な精神疾患との関係についての記事を掲載しました。
そのほかにも、アルツハイマー型認知症、多発性硬化症、パーキンソン病、脳卒中などが、腸内細菌と関係するのではという報告があります。
[Lancet Neurol. 2020 Feb;19(2):179-194.]
人間の脳腸相関については、神経系活性経路や、免疫経路、内分泌の経路、代謝産物の経路など様々な経路が想定されます。
腸内細菌やその代謝産物質が脳に影響する経路が分かれば、それをうまく調整することで脳の機能を保護することにつながる可能性もあるのではないかと期待されるのです。
食べ物が体内に入ると、腸内細菌が食物を代謝し、その結果、腐敗産物のインドールや、悪い菌を抑制する乳酸・酢酸など様々な代謝産物が発生します。
食事内容によって代謝産物は変わるため、この代謝産物が一つのカギとなります。
さまざまな病気は、食事に関連していることが多々ありますが、認知症もやはり関係しているのではと考えられるため、腸内細菌がつくり出す様々な代謝産物と認知症の関係を調査しました。
[Saji N, et al. Sci Rep. 2020 May 18;10(1):8088.]。
その結果、腸内細菌のいくつかの代謝産物は、認知症と関係があることが分かったのです。
健康な人の場合、アンモニアは肝臓の働きによって無毒化され、尿とともに体の外に排せつされるので御心配には及びませんが、そうでない場合は、食物中のタンパク質が代謝されるときにできる有毒なアンモニアが、認知症リスクとの関連が高く、乳酸は認知症との関連は低いという結果が得られたのだそう。
さらに、認知症の人と認知症ではない人では、腸内の細菌叢(さいきんそう)のタイプが異なることが分かりました。
認知症ではない人に比べて、認知症の人の腸内細菌のタイプには、「バクテロイデス」と呼ばれる菌が少なく、その他の不明な種類の分からない細菌の割合が増えていたのです。
(元データ Saji N, et al. Sci Rep. 2019 Jan 30;9(1):1008.)
これまで「日本食と認知症」「日本食と腸内細菌」については、東北大学などでも研究されてきました。
著者はこれらをまとめ、日本食と腸内細菌・認知症との関係についての解析を行い、患者さんの食事の内容を調査して、どの程度日本食中心かを、次のようなスコアで表しています。
【伝統的日本食スコア】
米飯、味噌、魚介類、緑黄色野菜、海藻類、漬物、緑茶が多いと、それぞれプラス1点、牛肉豚肉、コーヒーはマイナス1点とする。
【現代的日本食スコア】
伝統的日本食スコアに加えて、大豆類、果物類、キノコ類が多いと、それぞれプラス1点とする。
【コーヒーを含む現代的日本食スコア】
現代的日本食スコアのコーヒーをマイナスではなくプラス1点とする。
ご飯、味噌汁、焼き魚、野菜、海藻類、納豆などの和食を点数化して調査した結果、認知機能が正常な患者さんは、魚介類、キノコ類、大豆類、コーヒーを摂取する割合が多いことがわかりました。
「現代的日本食スコア」が低い場合は認知症の人が多く、高い場合は認知症の人の割合は少ないという結果です。
また、「現代的日本食スコア」と「コーヒーを含む現代的日本食スコア」が高い場合も認知症の割合が低いという結果も得られました。
海外の研究でも、DASH食(=アメリカで高血圧改善のために推奨されている、飽和脂肪酸とコレステロールを抑えてミネラル、食物繊維、タンパク質を多くとる食事法)やMIND食(=地中海食とDASH食を組み合わせた食事法)という健康によい食事をしている人は、血液から脳組織への物質の移行を制限する仕組みである血液脳関門が保たれるという報告があります。
また、国内の研究では、魚油(DHA)を多くとる人は認知機能低下のリスクが低く、豆類を多くとる女性は10年後の認知症発症リスクが下がるといった報告もあります。
まとめ
認知症の危険因子には、年齢、遺伝子のように修正できない項目と、生活習慣など修正できる項目があります。
修正できる項目は40%で、そのうち5%は高血圧、肥満、飲酒、糖尿病など食事が関わっていると言われています。
40代50代の早いうちから脳の老化を防ぐために和食を中心とした日本型食生活を心掛けて、心身ともに健康を保っていきたいですね。
参考資料
・厚生労働省 e-ヘルスネット 栄養・食生活
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food
・農林水産省 「日本型食生活」のススメ
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/nihon_gata.html
『認知症専門医が見つけた! 脳の寿命をのばす食べ方』