男性、女性ともに、ある一定の年齢に入った頃から、徐々に自律神経のバランスが乱れやすくなる、と順天堂大学医学部の小林弘幸教授は言います。
今回は、著書『気がついたら自律神経が整う「期待しない」健康法』(祥伝社)から自律神経のバランスのお話しをしたいと思います。
仕事ができる人、成果を出す人は、生まれついての才能だけではなく、むしろ、それ以上に、自律神経のバランスが整っているかどうかのほうが重要だと断言してもいいでしょう。
自律神経のはたらきが心身に与える影響と密接に関係していることは、研究によってすでに医学的に立証されています。
人間の思考のスピードや柔軟性、判断力、周囲を冷静に見渡し、円滑なコミュニケーション能力などは、自律神経のバランスが整って初めてフルに発揮できるものです。
個々人の性格についても、嬉しいときは大はしゃぎしても、少しでも嫌なことがあると一気に落ち込み、些細なことでカッとなり怒りが抑えきれずに爆発する喜怒哀楽がジェットコースターのようにアップダウンしてしまう人を見て、「あの人はそういう性格だから」の一言で片付けてしまいがちです。
そういった喜怒哀楽のアップダウンが急激で、自分の感情に振り回されてしまう人でも、自律神経のバランスがきちんと整いさえすれば改善される部分が少なくないのです。
人間の性格は、親から受け継いだ遺伝子や家庭環境などの複合的な要因によって形成されますが、自律神経のバランスの不具合が続き、不調が長引けば外から見える「性格」もおのずと影響を受けて変化してきます。
なぜかずっとイライラしてしまう、何となく不安が拭えない、身体がだるくてやる気がしない、なんだか息苦しさが毎日続いているという人は、単純な「性格」からくるものではなく、自律神経のバランスが乱れた結果、体が心を支えきれなくなった状態なのかもしれないと考えた方が良いのかもしれません。
新型コロナウイルスの世界的感染拡大による影響でも攻撃的な人が増えていおり、私たちの自律神経に多大な影響を与えています。
外出や行動が制限され、仕事のやり方も変化し、ソーシャルディスタンスで人と交流する場が失われ、アルコールを伴うストレス発散の場もなくなってしまい、誰もが何らかの我慢をしながら、コロナ禍の状況に対応してきました。
こんな異常な状況が数年続いているので、ちょっとした変化にも敏感な私たちの自律神経が乱れないはずがありません。
私たち人間は、長期間にわたって不安や恐怖にさらされ続けると、交感神経だけが高まった状態になるため、血圧が上がって興奮状態に陥りやすくなります。
外部の刺激に対する反応が過敏になり、他人への攻撃性や警戒心が強くなったり、他人に対して疑心暗鬼になりやすくなります。
自分とはまったく関係のないタレントの不倫のニュースに対しても、「絶対に許されるべきではない」と自分事のようにSNSに怒りをさらけ出しています。
そんな罵詈雑言、誹謗中傷がネット上の世界には溢れ返り、そうした状態にある人々の数が増えると、社会全体に殺伐とした空気感や閉塞感がただよいます。
その空気感や閉塞感を敏感に感じ取り、不安や息苦しさ、うつ症状、パニック症状などを訴えて、外来診療に訪れる患者さんが、実際に増え続けているのです。
自律神経のバランスが乱れる要因はさまざまです。
ストレス、暴飲暴食、生活リズムの乱れ、運動や睡眠の不足、喫煙習慣、気候の急激な変化などいろいろな原因が挙げられますが、忘れてはならないのが「加齢」です。
特に男性は30代、女性は40代に入った頃から、徐々に自律神経のバランスが乱れやすくなることがわかっています。
なぜかというと、年齢を重ねてもあまり変わらない交感神経のはたらきに比べ、副交感神経のはたらきは年齢とともに下がっていくため、交感神経だけが強くはたらいてしまうアンバランスな状態になりやすいからです。
体力のおとろえや心身の不調を感じ始める中高年期に入る時期と、副交感神経のはたらきがどんどん低くなっていく時期とは一致しています。
高齢者が怒りっぽくなってしまうのも、年齢を重ねていくほどに副交感神経のはたらきが低下し、感情のコントロールが難しくなってしまうからです。
多少の睡眠不足や暴飲暴食、生活リズムの乱れがあっても、エネルギーにあふれた10代、20代ならば、ダメージはすぐに回復できます。
しかし、若さと勢いで駆け抜けられることができるのは、人生のごくわずかな時期だけで、その後の長い数十年間という時間は、自分で意識しながら心身のコンディションを整えていかなければならないのです。
さらに筋肉と違ってきたえることもできないため、何もしなければ老化によって副交感神経のはたらきは着実に下がり続けます。
しかし、日常の行動パターンや習慣を変えることで、自律神経を「コントロール」することは誰にでも可能なのです。
自律神経のバランスを整えるもっとも手軽な方法として、おすすめなのが「笑う」ことです。
焦ってパニックになったとき、大事なプレゼンを前に緊張したとき、イライラしているときにこそ、あえて意識して笑顔をつくってみましょう。
不安や怒りを感じると、全身の血管が収縮し、血流が低下します。
肩に力が入り、呼吸は無意識に浅くなるため、柔軟な動きもできなくなってしまいます。まさにこのとき、体の中では交感神経のはたらきが高まり、副交感神経のはたらきが弱まっている状態にあります。
そんなときこそ、にっこり笑いましょう。
とても笑顔なんて作れないというのであれば、作り笑いでもOKです。
口角やほほ骨を意識してキュッと上げるだけでも、顔の筋肉の緊張がほぐれ、顔だけでなく全身をリラックスさせる効果につながります。
これは、表情筋をゆるめることで、首の動脈にある圧受容体というセンサーから「血管を広げて副交感神経を上げるように」という指令が送られるからです。
口角さえ上がっていればよいので、軽い微笑みでも十分に効果があるので、ぜひ実際に笑顔をつくってみてください。
すると、肩の力がふっと抜けて、息がすーっと吐けた実感があると思います。
そのままゆっくりと深呼吸をするとさらにリラックス効果が高まり、集中力や冷静さも発揮されるようになります。
「にっこり笑う」。
ただそれだけのことで、副交感神経のはたらきを高め、交感神経に傾いてしまいがちな自律神経のバランスを整えることはできるのです。
まとめ
意志の力で自律神経を整えることはできませんが、何となく体調がよくないとか、イライラする、漠然とした不安が消えないという方は、ぜひ鏡に向かってニッコリ笑ってみましょう。
できなければ、口角を上げて「笑顔」をつくってみましょう。
年齢を重ねるほど意識して繰り返すうちに、徐々に自律神経がととのい、リラックスして落ち着いて物事に取り組めるようになるのではないでしょうか。
『気がついたら自律神経が整う「期待しない」健康法』(祥伝社)